腓骨神経麻痺

腓骨神経麻痺とは

腓骨神経麻痺(Peroneal Nerve Palsy / Common Peroneal Nerve Palsy)とは、総腓骨神経またはその枝(深腓骨神経、浅腓骨神経)の障害により、足関節背屈筋群と足趾伸筋群の麻痺、下腿外側から足背にかけての感覚障害を呈する末梢神経障害である。腓骨神経は坐骨神経から分岐し、膝窩部から腓骨頭の外側を浅層で走行するため、外傷や圧迫により損傷を受けやすい。主症状は下垂足(drop foot)であり、歩行時に足先が持ち上がらず地面を引きずる、つまずきやすい、階段昇降困難などの機能障害を生じる。単一末梢神経障害としては上肢の橈骨神経麻痺に次いで頻度が高く、長時間の不適切な座位姿勢、ギプス固定、手術体位、骨折、膝関節周囲の外傷などが原因となる。早期診断と適切なリハビリテーション介入により多くの症例で機能回復が期待できる。

どこでみるのか

腓骨神経は腰仙骨神経叢(L4~S2)から起始し、坐骨神経の一部として大腿後面を下行し、膝窩部で総腓骨神経として分岐する。総腓骨神経は膝窩の外側から腓骨頭外側を浅層で回り込み、腓骨頭下方約2~3cmで深腓骨神経と浅腓骨神経に分岐する。この腓骨頭周囲は神経が骨と皮膚の間の浅い位置を走行するため、外圧や外傷により損傷を受けやすい好発部位である。深腓骨神経は前脛骨筋、長趾伸筋、長母趾伸筋、短趾伸筋を支配し足関節背屈と足趾伸展を担う。浅腓骨神経は長腓骨筋、短腓骨筋を支配し足関節外がえしを担う。感覚枝は下腿外側から足背にかけての皮膚感覚を支配する。麻痺の評価は足関節背屈動作(前脛骨筋)、足趾伸展動作、足関節外がえし動作の筋力、下腿外側と足背の感覚、歩行時の下垂足の有無を観察する。

何をみているのか

腓骨神経麻痺の評価では運動障害と感覚障害の分布と程度を評価する。運動障害として足関節背屈筋力(前脛骨筋、長趾伸筋、長母趾伸筋)の低下または消失を確認する。下垂足は最も特徴的な所見であり、立位・歩行時に足先が下垂し、足関節背屈が困難または不能となる。足趾伸展筋力の低下により足趾が屈曲位となる。足関節外がえし筋力(腓骨筋群)の低下により足部が内反位をとりやすい。感覚障害は下腿外側(浅腓骨神経領域)と足背、特に第1~2趾間(深腓骨神経領域)の感覚鈍麻または消失として現れる。歩行では立脚期に足関節背屈が不十分なため踵接地が困難となり、足底全体で接地する。遊脚期には足先が下垂するため地面を引きずり、代償的に股関節・膝関節を過度に屈曲させる鶏歩(steppage gait)を呈する。神経の障害部位(総腓骨神経、深腓骨神経、浅腓骨神経)により麻痺の分布が異なるため、詳細な筋力評価により障害レベルを推定する。

臨床でどうみるか

臨床場面での腓骨神経麻痺の評価は以下の手順で実施する。まず病歴聴取により発症様式(急性・緩徐)、誘因(外傷、不適切な座位姿勢、ギプス固定、手術、体重減少)、疼痛の有無を確認する。視診では安静時の足関節肢位(下垂足、内反足)、筋萎縮(前脛骨筋、長趾伸筋、腓骨筋群)の有無を観察する。触診では腓骨頭周囲の圧痛、Tinel徴候(腓骨頭部叩打による下腿外側への放散痛)を確認する。筋力評価として足関節背屈(前脛骨筋、座位で足関節を背屈させ抵抗を加える)、足趾伸展(長母趾伸筋、長趾伸筋)、足関節外がえし(長短腓骨筋)をMMTで評価する。総腓骨神経麻痺では背屈・外がえし共に障害され、深腓骨神経麻痺では背屈のみ、浅腓骨神経麻痺では外がえしのみが障害される。感覚評価では下腿外側(浅腓骨神経)と第1~2趾間の足背(深腓骨神経)の触覚・痛覚を評価する。歩行観察では踵接地の消失、足先の引きずり、鶏歩の有無を確認する。電気生理学的検査として神経伝導検査(運動神経伝導速度、複合筋活動電位)と針筋電図により障害部位と重症度を評価する。画像検査としてMRIで腓骨頭周囲の腫瘤、神経腫、ガングリオンなどの圧迫病変を確認する。

評価で何をみるか

腓骨神経麻痺の評価項目として以下を挙げる。

  • 足関節背屈筋力(前脛骨筋MMT)
  • 足趾伸展筋力(長母趾伸筋、長趾伸筋MMT)
  • 足関節外がえし筋力(長短腓骨筋MMT)
  • 下垂足の程度(安静時、歩行時)
  • 前脛骨筋の萎縮
  • 腓骨頭周囲の圧痛とTinel徴候
  • 下腿外側の感覚障害
  • 足背(第1~2趾間)の感覚障害
  • 足関節可動域(背屈、底屈、内がえし、外がえし)
  • アキレス腱の短縮
  • 歩行パターン(鶏歩、踵接地の有無)
  • つまずき頻度と転倒リスク
  • 階段昇降能力
  • 装具の必要性と適合
  • ADL自立度(歩行、階段、屋外移動)
  • 神経伝導検査所見(伝導ブロック、軸索変性)
  • 針筋電図所見(脱神経電位、運動単位電位)
  • 画像所見(MRIでの神経圧迫、腫瘤)

臨床でよく出る問題

腓骨神経麻痺に関連して臨床でよく遭遇する問題は以下の通りである。

  • 下垂足による歩行時のつまずきと転倒
  • 階段昇降の困難(特に昇段時)
  • 不整地歩行の不安定性
  • 長距離歩行困難と易疲労性
  • 装具への依存と装具なしでの歩行困難
  • アキレス腱の短縮による足関節背屈制限
  • 足部内反による足関節不安定性と捻挫
  • 足背の感覚障害による外傷リスク
  • 靴の選択困難(装具装着時)
  • 外出・社会参加の制限
  • 神経回復の遅延または不完全回復
  • 慢性期の筋萎縮と廃用
  • 心理的ストレスと活動意欲低下
  • 腓骨神経麻痺の原因疾患の見逃し(腫瘤性病変など)

起こりやすい要因

腓骨神経麻痺を引き起こす要因は多岐にわたる。最も多い原因は腓骨頭周囲での外圧による神経圧迫であり、長時間の不適切な座位姿勢(脚を組む、床にあぐらをかく、横座り)、泥酔状態や深い睡眠中の不良姿勢、ギプス固定やサポーター装着時の圧迫がある。外傷として膝関節周囲骨折(腓骨頭骨折、脛骨近位部骨折)、膝関節脱臼、靱帯損傷(外側側副靱帯損傷)に伴い神経が損傷される。医原性として人工膝関節置換術、脛骨骨切り術、腓骨頭切除術などの整形外科手術、長時間手術時の不適切な体位、硬膜外麻酔後の合併症がある。腫瘤性病変としてガングリオン、神経鞘腫、滑膜嚢腫による神経圧迫がある。全身性要因として糖尿病性神経障害、急激な体重減少による皮下脂肪の減少と神経の脆弱性増加、血管炎による虚血性神経障害がある。遺伝性圧脆弱性ニューロパチー(HNPP)では軽微な圧迫で反復性に腓骨神経麻痺を発症する。特発性(原因不明)の症例も少なくない。

注意したい症状

腓骨神経麻痺において特に注意すべき症状は以下の通りである。急性発症の完全麻痺(MMT 0~1)は神経の高度損傷を示し、回復に長期間を要するか不完全回復に終わる可能性が高い。進行性の筋力低下は圧迫性病変(ガングリオン、腫瘍)の増大を示唆し、早期の画像検査と外科的介入が必要である。疼痛を伴う麻痺は神経の炎症や絞扼を示し、疼痛のない麻痺より予後が良好とされる。両側性の腓骨神経麻痺は全身性疾患(糖尿病性多発神経障害、血管炎、遺伝性ニューロパチー)を疑う。大腿後面の感覚障害や膝屈筋力低下を伴う場合は腓骨神経より近位の坐骨神経障害を疑う。アキレス腱の急速な短縮は足関節拘縮を招き、神経回復後も機能障害が残存する。歩行時のつまずきによる転倒は骨折や頭部外傷のリスクとなる。装具なしでの無理な歩行は異常歩行パターンを固定化し、腰痛や膝関節障害を二次的に引き起こす。神経伝導検査で伝導ブロックのみの場合は予後良好だが、軸索変性を伴う場合は回復に数ヶ月以上を要する。

対応の基本

腓骨神経麻痺の対応は原因の除去、装具療法、運動療法、感覚障害への対策を組み合わせた包括的アプローチが基本である。急性期ではまず原因の除去が最優先であり、外圧が原因であれば直ちに圧迫を解除する。ギプスやサポーターによる圧迫であれば除去または緩める。腫瘤性病変が原因であれば外科的切除を検討する。薬物療法として神経障害性疼痛に対してプレガバリン、ビタミンB12製剤(メチコバール)による神経再生促進を行う。装具療法では短下肢装具(AFO)により足関節を軽度背屈位に保持し、下垂足を代償する。プラスチック製軽量装具(ゲイトソリューション、オルトップなど)は日常使用に適する。夜間は足関節背屈位保持用のスプリントによりアキレス腱短縮を予防する。運動療法では麻痺筋の廃用予防と拮抗筋のストレッチングを行う。前脛骨筋の電気刺激療法(NMES)により筋萎縮を予防し神経再支配を促進する。足関節可動域訓練では特に背屈可動域の維持が重要である。感覚障害部位の保護として適切な履物の選択、足背の外傷予防を指導する。

リハビリの視点

リハビリテーションの視点では腓骨神経麻痺の病期と重症度に応じた段階的介入を行う。急性期から回復早期では装具により下垂足を代償し安全な歩行を確保しながら、神経回復を促進する訓練を実施する。短下肢装具は歩行時の踵接地を可能にし、鶏歩を予防し、正常に近い歩行パターンを維持する。装具なしでの無理な歩行は異常パターンを学習させるため避ける。筋力維持訓練では麻痺筋(前脛骨筋、長趾伸筋、腓骨筋群)の随意収縮を促すため、座位での足関節背屈運動を反復する。筋力がMMT 2以下では重力を除去した側臥位での運動から開始する。神経筋電気刺激(NMES)では前脛骨筋に表面電極を貼付し、1日20~30分、週5~7回実施する。電気刺激により筋萎縮を予防し、神経再支配時の筋の受容性を維持する。可動域訓練ではアキレス腱のストレッチングを1日複数回実施し、足関節背屈可動域を維持する。背屈制限が生じると神経回復後も機能的歩行が困難となるため、予防的介入が重要である。拮抗筋である下腿三頭筋の過剰な短縮を防ぐため、夜間スプリント装着も有効である。歩行訓練では装具装着下で正常歩行パターンに近い歩容を指導し、踵接地、立脚中期の体重移動、蹴り出しを段階的に練習する。階段昇降訓練では昇段時に麻痺側下肢を先に出せるよう、股関節・膝関節の代償動作を指導する。バランス訓練では足関節戦略が使用困難なため、股関節戦略と体幹制御により立位バランスを維持する方法を学習させる。感覚障害への対応として、足背の視覚的確認、適切な履物選択(つま先が保護される、装具が入る)、足部の清潔保持と外傷予防を指導する。神経回復の評価では定期的なMMT測定、神経伝導検査により回復度を判定し、装具の調整や離脱時期を検討する。回復には数週間から数ヶ月、重症例では1年以上を要することを患者・家族と共有し、長期的視点で支援する。完全回復が得られない場合は装具の継続使用、生活環境の調整、社会復帰支援を行う。重度かつ回復が見込めない症例では腱移行術(後脛骨筋腱移行術)などの外科的再建術も選択肢となる。

ひとことで言うと

腓骨神経麻痺は足関節背屈筋群の麻痺により下垂足を呈する末梢神経障害であり、腓骨頭周囲での圧迫や外傷が主因である。装具により下垂足を代償し安全な歩行を確保しながら、電気刺激、筋力訓練、可動域訓練により神経回復と機能改善を目指す。

関連用語

下垂足、鶏歩、総腓骨神経、深腓骨神経、浅腓骨神経、前脛骨筋、長趾伸筋、腓骨筋群、短下肢装具(AFO)、神経筋電気刺激(NMES)、Tinel徴候、神経伝導検査、針筋電図、軸索変性、伝導ブロック、腱移行術

参考文献

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