極低温療法とは
液体窒素の気化熱を利用して-180℃に空気を冷やし、これを除湿して患部に噴霧(瀑射)するもので全身瀑射法も開発されている。山内らがこの治療法をリウマチ患者に用い著明な効果を得たと報告して以来、急激にその関心が高まった。山内らはPeggs、Kirks、 Rembeらが慢性関節リウマチ患者に寒冷療法を用い効果があったという報告をもとに寒冷療法のリウマチに対する臨床効果について治療温度から検討を重ねてきた。その結果、寒冷療法で使用する温度の低いほど効果があるというものであった。氷と食塩の混合から得られた-18℃の温度からはじめてドライアイスとエタノール(-65C)、液体窒素と液体酸素(人工液体空気)によるー180℃へと低温度は進歩していった。
使うことはめったにないと思うのですが、リウマチに対しての理学療法は対抗手段が乏しく積極的運動療法を行うための必要な処置だと思います。
理学療法の基本は運動療法だと思っています。長らく腎不全の患者に対する運動負荷は危険だと言われていましたが、東北大学の上月正博教授も運動制限よりも比較的積極的な運動を推奨していました。しかし、程度は関係あります。腎不全も重度ではミオグロビンが血中に溶けすぎてしまい重篤化しますが、関節リウマチは関節破壊により運動負荷や可動域訓練の制限があります。そういった意味ではこの治療の意義は大きいと思います。
ところで氷に塩を混ぜると氷は直ぐに溶けてしまうのをご存じでしょうか?氷が水になる際には周囲の熱を奪うことで溶けるという現象がおきます(吸熱反応)通常氷はゆっくり溶けるので0℃程度の温度を保つのですが、塩がかかると速く溶けるので周囲も急激に冷えます。これは水の凝固点は通常0℃なのに対して塩水は凝固点がもっと低く-18℃~-21℃程度まで凝固点が下がります。
これは通常、水分子が温度低下と共にくっついて固体になるのですが、塩の分子が入り込み分子間の結合が弱くなるため、より低い温度でしか凝固できなくなるためです(凝固点の低下)
まとめると、塩水は凝固点が下がるので通常の温度ならば氷の形態を保てず水になること、氷にしようとすると水は0℃で凍るが塩水は-20℃程度まで冷やさないと凍らないのでより低い温度を作ることが出来ることです。
この活用方法として雪国では除雪車が塩を撒いています。
極低温療法の臨床効果
極低温療法の臨床効果については山内らによると、87名のリウマチ患者に極低温療法と積極的運動療法を実施し、きわめて高い効果が得られたという。すなわち、彼らによると3ヵ月後に1例を除く残りすべての患者に機能障害の著明な改善を認め、寝たきりに近い重度の患者が走れるまでに改善され、しかも内服の抗リウマチ剤を大幅に減量できたと報告している。
橋本らは、膝関節障害を有するリウマチ患者の膝関節を極低温空気あるいはホットパックで冷却あるいは暖めた後、階段を昇降させその速度を比較した。その結果、寒冷刺激後では昇降速度が有意に増大するのに対して温熱刺激後では有意な減少を認め、運動療法導入のためには寒冷療法のほうが有効であると述べた。その理由として以下の理由を挙げた。
①炎症局所の血流を減少させる
②運動による機械的刺激の増大に伴う血漿成分の血管外流出や浮腫を抑制
③痛みの緩和
また、25名のリウマチ患者に極低温療法を実施した結果、6ヵ月の長期間の積極的運動療法訓練にもかかわらずリウマチ活動性の悪化は認めず、かえってCRP、LFT(ラテックス吸着テスト)の改善ステロイド使用量の減少を認め、リウマチ活動性の抑圧が極低温療法によってもたらされたと見なしてよいと報告している。また6ヵ月間の極低温療法によってもたらされた変化のうち最も著明な臨床検査の改善はアルブミンの増加、グロブリンの減少にもとづくA/G比の上昇であったと述べている。これは積極的運動療法の導入によってこのような低運動による二次的障害が取り除かれていく過程を示すものと考え、極低温療法を利用した積極的運動療法のもつ意義の大きさを改めて強調している。一方、北原らは、有痛性の患者に対して極低温療法を外来で実施した結果、全体で有効34%、やや有効46.8%、不変が19.2%となり有効率は80.4%であったと報告している。また副作用に関しては0.5%と低発生率であったが治療に関しては手技によって副作用の否定できないこと、およびケースによって無効例のあることも念頭におき慎重に患者を観察し本法を実施すべきとしている。
炎症の悪化を引き起こすのはIL-6やTNFαなどのサイトカインが過剰に分泌され、それが炎症を悪化させます。関節リウマチの治療で使用されるようになった生物学的製剤は、IL-6やTNFαといったサイトカインの働きを抑え、炎症を鎮静化させることができます。今回の極低温療法も寒冷刺激による炎症性サイトカインの分泌の抑制、運動に伴う浮腫への抑制、痛みの緩和と、すべてが、炎症性サイトカインを抑える方向に働いています。
通常、リウマチは積極的運動療法では関節破壊を伴うという理由で忌避されてきましたが、人間が運動する際には筋力は必須です。この極低温療法では疼痛が軽減され、関節内温度も低温に保たれます。そのためヒスタミン系物質を抑制できること、それに伴う血管透過性の亢進を抑止することが出来るということです。
それに伴い滑膜性炎症が起こりづらくなり運動に伴う関節破壊を予防するので積極的運動療法が可能となります。
局所瀑射療法
極低温空気の発生装置としては、自然の空気を利用したものと人工液体空気を利用したもの、すなわち、これには液体窒素79%と液体酸素21%を混合したものをコントロール装置で噴射させるものと両者を中間的な状態で混合させ噴射するものの2つの方法がある。局所に対する極低温療法は瞬間的に患部を冷却し効果を上げることができるので治療時間が短くてすむのが大きな特徴である。
実施方法
局所への実施法は冷却した空気の出るノズルを患部の皮膚表面からある一定距離離して患部に向け5〜6分噴射する。同一部位に長く行うと凍傷の危険性があるのでノズルを絶えず動かし関節にまんべんなくいきわたるようにすることが大切である。
関節だけでなく周辺の筋も冷却すると治療後の運動が容易となる。冷却してくると皮膚表面のうぶ毛に白い霜がついて白くなってくる。冷却空気を噴射する患部は皮膚温度計を使って適宜チェックするとよい。皮膚温度が10℃以下になれば患者は冷感を覚える。10C以下になれば一般に感覚脱失に陥る。瀑射中は皮膚を十分観察し努めて凍傷を予防する。治療時間は足関節と足部で1〜3分間、大腿部、下腿部で3〜5分間である。足関節は熱容量が小さいので肩や大腿部と比べ治療時間は短くてすむ。
なお治療は暖かい部屋で行い冷却によるふるえを予防すべきである。また積極的に運動療法を実施し治療効果の促進とADLの改善をはかることが大切である
極低温だということで治療時間が短いことがメリットです。大腿部の様な筋量の大きな部位に対する寒冷療法では極めて短い時間で治療できます。
物理療法では快刺激が重要です。不快感は自律神経系やノセボ効果にも影響します。部屋を暖めておくことで炎症部位のみに冷感刺激が集中できます。
臨床適用
武富らは受診した131名の運動選手に極低温療法を実施し84名(64%)のものに効果を認めたと報告している。彼らによると外傷別にみた有効例数は捻挫31名(62%)筋肉痛27名(75%)などとなった。野上らは局所極低温療法を実施した後、痛み、こわばりなどの臨床症状の改善が温熱療法に比べ有意に大きかったと報告している。また、極低温療法により血中のヒスタミンが減少し、さらに炎症組織に対して破壊、壊死を生じるフィブリノーゲンも減少したと述べ、極低温療法が鎮痛、抗炎症作用を有すると報告している。これに対し石原らは、膝関節に機能障害を有するリウマチ患者20名を選び、そのうち11名にー180℃の極低温療法を9名にホットパックを実施し、その後運動を行わせその効果を比較検討した。
その結果、鎮痛およびその持続時間は極低温療法のほうが勝っていた。しかし、積極的運動療法6ヵ月後のX線所見では,治療開始時と比較して、荷重による影響もみられ鎮痛効果の強い極低温療法群では過負荷になりやすい傾向もみられたと述べている。吉元らも関節リウマチ患者21名に対して極低温運動療法を実施し、本法はリウマチ患者の疼痛を軽減させる効果はあるが炎症の強い症例では効果を認めえず逆に悪化する例もあるので治療前における十分なチェックが不可欠であると述べている。また除痛効果が大きいので運動量には注意喚起している。
疼痛の緩和効果が高いことが本治療の最大のポイントでもあります。通常、物理療法の疼痛緩和モデルはゲートコントロールセオリーが一般的ですが、それに加え寒冷療法特有の抗炎症作用が働くことがその効果を助長していると考えられます。ヒスタミンは疼痛物質であるとともに炎症物質でもあるので、その活性は通常の体温よりも高くなることでより強まります。逆にヒスタミンの活性は低温では低下するので寒冷療法は疼痛緩和が強力です。
全身瀑射療法
山内らは全身瀑射療法の効果として、以下の4つを挙げている
①血流の改善
②鎮痛
③消炎作用
④脳下垂体副腎皮質系への賦活作用
局所あるいは全身に瀑射療法をすると冷却された血液は視床下部にいき体温を一定にするために冷却部に血流量を増すからだと述べ、この効果は温熱療法よりもはるかに大きいと説明している。鎮痛、消炎作用に関してはー150℃の全身瀑射療法によるP0₂の変動と血中成分の変動を使って説明している。
彼らによると、これらの変化は全身冷却による血流量の増加と冷却された組織内の代謝活動の低下にもとづくものであるという。したがって極低温療法の全身瀑射は炎症部分への酸素供給を増加しヒスタミンなどの発痛物質の遊離を抑え、鎮痛・消炎に作用するのではないかと考えられている。また、尿中ステロイドホルモンの排泄量が有意に増加したことを報告している。これは強力な寒冷刺激により脳下垂体副腎皮質系が賦活されステロイドの遊離が起こり投薬量の減少を容易にすると説明している。また尿中カテコールアミンの変動も著明で極低温瀑射療法後の尿中アドレナリン、ノルアドレナリンは、ともに増加傾向を示した。とくにアドレナリンは有意に増加した。これが副腎髄質、自律神経に刺激を与える。また閉経されていた月経が再潮することがあるが、これはやはり低温刺激が脳下垂体を刺激しゴナドトロピンの分泌を促進したからだという。
血流改善は二次的血管拡張作用と、全身曝射による血管ポンプ機能の亢進が原因だと考えます。また、アドレナリン、ノルアドレナリンは除痛作用が強くこの分泌促進がさらに強力な除痛作用を発揮させています。ただし、関節が破壊されているリウマチ患者の場合には過度な運動は危険ですので疼痛以外の運動負荷の決定因子が必要です。
実施方法
全身瀑射療法は治療温度-160℃湿度1ppm、圧力2気圧の条件で実施される。
①-100〜ー160℃の温度に対して初回30秒つぎは60秒、120秒としだいに増加する。週6回、3〜6ヵ月を1クールとする。
②開始後2週めより1ヵ月にかけて症状は一時悪化するが2ヵ月めごろより好転する。この場合患者はつぎのような自覚症状の改善を訴える。ぽかぼかしてからだの芯から暖まる感じや身体が非常に軽い。関節痛、こわばりの軽減消失などである。
③適応の有無は全身の検査成績で決める。最高血圧が160mmHg以上のもの、心疾患のあるものは局所、病棟で行う年齢は著明な合併症がなければかなり高齢でも適応がある。