肺性心とは
肺性心(cor pulmonale) は、肺疾患または肺循環障害を原因として肺動脈圧が上昇し、その結果として右心室に負荷がかかり、右室肥大や右心不全をきたした状態を指します。左心疾患や先天性心疾患による右心負荷は含まず、あくまで肺由来の心負荷と定義されます。慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎、肺血栓塞栓症などが主な原因で、慢性型と急性型に分類されます。進行すると下腿浮腫、肝腫大、腹水などの右心不全症状が出現し、予後不良となります。早期発見と原因疾患の管理が重要です。
どこでみるのか
肺性心は呼吸器内科、循環器内科の外来・病棟で診断・管理されます。急性期病院の救急外来、集中治療室(ICU)、回復期リハビリテーション病棟、外来リハビリテーション、在宅医療の現場でも遭遇します。患者は「息が苦しい」「足がむくむ」「お腹が張る」「すぐに疲れる」「動くと動悸がする」といった訴えをします。COPD患者では「以前より息切れがひどくなった」「足が腫れてきた」という訴えが肺性心発症のサインです。急性肺血栓塞栓症では「突然の呼吸困難」「胸痛」で救急搬送されることもあります。
何をみているのか
肺性心の評価では、肺疾患の重症度、肺動脈圧の上昇度、右心室の形態・機能、右心不全の程度を総合的に把握します。胸部X線で右室拡大と肺疾患所見、心電図で右軸偏位・右室肥大所見、心エコー検査で推定肺動脈圧と右室機能、血液検査でBNP・NT-proBNP値、血液ガス分析で低酸素血症・高二酸化炭素血症を評価します。右心カテーテル検査は確定診断に用いられますが、侵襲的なため重症例や診断困難例に限定されます。原因疾患の特定と重症度評価が治療戦略の鍵となります。
臨床でどうみるか
診察では、まず慢性咳嗽、喀痰、労作時呼吸困難の病歴を聴取します。COPD、間質性肺炎、肺結核後遺症などの既往も確認します。聴診では肺野の呼気延長、喘鳴、coarse crackles(間質性肺炎)を聴取し、心音ではII音肺動脈成分の亢進(P2亢進)、三尖弁逆流性雑音を確認します。頸静脈怒張、肝腫大(肝頸静脈逆流陽性)、下腿の圧痕性浮腫、腹水などの右心不全徴候を観察します。心電図では右軸偏位(+110度以上)、V1誘導のR波増高、右房負荷(P波増高、P pulmonale)を認めます。胸部X線では心拡大(右方への拡大)、肺動脈本幹の拡大、原因疾患の所見(気腫性変化、網状影)を確認します。心エコー検査で右室拡大(左室径を超える)、右室壁肥厚(5mm以上)、三尖弁逆流速度から推定肺動脈圧(>35mmHg)を測定します。血液ガス分析でPaO2<60mmHg、PaCO2上昇(>45mmHg)を評価します。
評価で何をみるか
肺性心の評価では原因疾患と心負荷の両面から多面的指標を用います。
- 推定肺動脈圧 - 心エコーで三尖弁逆流速度から算出。>35mmHgで肺高血圧症疑い、重症度の指標
- 右室径・右室壁厚 - 心エコーまたは胸部CTで測定。右室径>左室径、壁厚>5mmで右室肥大
- BNP/NT-proBNP値 - 右心負荷のバイオマーカー。BNP>100 pg/mLで心負荷、予後予測に有用
- 動脈血液ガス - PaO2<60mmHgで呼吸不全、PaCO2>45mmHgでII型呼吸不全、在宅酸素療法の適応判定
- 6分間歩行距離 - 運動耐容能の指標。300m未満で中等度以上の制限、SpO2低下も評価
- 肺機能検査 - COPD患者で1秒率<70%、%FEV1で重症度分類。間質性肺炎では%VC低下
- 心電図所見 - 右軸偏位の度合い、V1のR/S比>1、右房負荷(P波≧2.5mm)で重症度推定
- 下腿浮腫の程度 - 圧痕の深さ(1+から4+)と範囲、体重増加で右心不全の進行度評価
これらの指標を組み合わせることで、肺性心の診断確度、重症度、治療効果判定、予後予測が可能となります。BNP値と推定肺動脈圧は経過観察で頻用される簡便な指標です。
臨床でよく出る問題
肺性心患者では原因疾患と心不全の両面から多様な問題が生じます。
- 慢性呼吸不全の進行 - 低酸素血症により肺血管収縮が持続、肺動脈圧がさらに上昇する悪循環
- 右心不全の増悪 - 下腿浮腫、肝うっ血、腹水、食欲不振により全身状態が悪化
- 感染症による急性増悪 - 肺炎、気管支炎で呼吸状態が急激に悪化、入院が必要
- 運動耐容能の著明な低下 - わずかな労作で息切れ、ADL全般が制限され廃用症候群が進行
- 在宅酸素療法のアドヒアランス不良 - カニューレの違和感、外出時の使用抵抗で酸素投与が不十分
- 利尿薬による電解質異常 - 低カリウム血症、低ナトリウム血症で不整脈・意識障害のリスク
- 栄養障害・サルコペニア - 呼吸仕事量増大によるエネルギー消費増加、食欲不振で体重減少
- 心理的問題 - 呼吸困難への恐怖、活動制限による抑うつ、予後不良の告知による不安
これらの問題は相互に関連し悪循環を形成します。低酸素→肺血管収縮→肺動脈圧上昇→右心負荷→心拍出量低下→さらなる低酸素という流れを断ち切るため、在宅酸素療法の徹底、適切な利尿薬管理、呼吸リハビリテーション、栄養管理が不可欠です。
起こりやすい要因
肺性心の原因は慢性型と急性型で異なります。
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD) - 肺性心の最多原因(約50%)、長期喫煙歴が背景、肺気腫による肺血管床減少
- 間質性肺炎 - 特発性肺線維症、膠原病関連(関節リウマチ、強皮症)による肺血管破壊
- 睡眠時無呼吸症候群 - 夜間の低酸素エピソード反復により肺血管収縮、肥満が危険因子
- 慢性血栓塞栓性肺高血圧症 - 肺塞栓後の器質化血栓が肺血管を閉塞、数年かけて進行
- 肺結核後遺症 - 肺の線維化・破壊により肺血管床が減少
- 胸郭変形 - 脊柱後側弯症、胸郭成形術後による肺の圧迫・換気障害
- 高地居住 - 慢性低酸素環境による肺血管収縮の持続
- 急性型の要因 - 大量肺血栓塞栓症(深部静脈血栓症から)、広範囲肺炎、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)
喫煙はCOPDの最大リスク因子であり、禁煙が肺性心予防の第一歩です。間質性肺炎では原因不明の乾性咳嗽、労作時息切れがあれば早期受診が重要です。
注意したい症状
肺性心では以下の症状出現時に緊急対応が必要です。
- 急激な呼吸困難の増悪 - 安静時でも息苦しい、SpO2<90%は緊急入院適応
- 意識レベル低下 - 高二酸化炭素血症によるCO2ナルコーシス、PaCO2>70mmHgで昏睡リスク
- チアノーゼの出現 - 口唇、爪床の紫色変化、著明な低酸素血症の徴候
- 下腿浮腫の急激な増悪 - 2〜3日で著明に悪化、体重3kg以上増加は右心不全の急性増悪
- 肝腫大・腹水の増加 - 腹部膨満感、食欲不振、肝うっ血の進行
- 頻脈・不整脈 - 心拍数>120回/分、心房細動・心房粗動の出現は血行動態悪化のサイン
- 尿量減少 - 1日尿量<500mL、腎機能悪化または心腎症候群への移行
- 喀血 - 肺血管の破綻、肺血栓塞栓症、肺癌合併の可能性
これらの症状は生命に関わる状態を示唆します。COPD患者では感染症による急性増悪が最も頻度が高く、早期の抗菌薬投与と呼吸管理が予後を左右します。
対応の基本
肺性心への対応は原因疾患の治療と心不全管理の両輪で行います。
- 酸素療法 - 在宅酸素療法でPaO2≧60mmHg、SpO2≧90%を維持、予後改善効果あり
- 原因疾患の治療 - COPD患者には気管支拡張薬(LAMA、LABA)、吸入ステロイド、間質性肺炎には抗線維化薬
- 利尿薬 - ループ利尿薬で体液貯留を是正、過度な利尿は前負荷減少で心拍出量低下に注意
- 肺血管拡張薬 - 重症肺高血圧症合併例でPDE5阻害薬、エンドセリン受容体拮抗薬を考慮
- 呼吸リハビリテーション - 呼吸筋トレーニング、口すぼめ呼吸、下肢筋力強化で運動耐容能改善
- 栄養管理 - 高カロリー・高蛋白食(30〜35kcal/kg/日)、BCAA補充でサルコペニア予防
- 感染予防 - インフルエンザ・肺炎球菌ワクチン接種、手洗い・うがい徹底
- 禁煙指導 - COPD進行抑制の最重要項目、禁煙外来の活用
- 運動療法 - 軽度の有酸素運動(歩行、自転車)、SpO2≧90%維持、Borg指数11〜13
- 患者教育 - 増悪兆候の早期発見(息切れ増強、浮腫悪化)、受診タイミング指導
在宅酸素療法は1日15時間以上の使用で予後改善効果が証明されており、アドヒアランス向上が重要です。呼吸リハビリテーションは運動耐容能とQOLを改善し、急性増悪を減少させます。
ひとことで言うと
肺性心は肺疾患による肺動脈圧上昇の結果として右心室に負荷がかかり右心不全をきたす病態で、原因疾患の管理と在宅酸素療法が予後改善の鍵となります。
関連用語
参考文献・出典
- 日本呼吸器学会「COPD診断と治療のためのガイドライン」
- 日本循環器学会「肺高血圧症治療ガイドライン」
- Chest - American College of Chest Physicians
- European Respiratory Journal
- 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
関連記事
- 右心不全の診断と管理
- COPD患者の包括的管理
- 在宅酸素療法の適応と実際
- 呼吸リハビリテーションの実践
- 間質性肺炎と肺性心
- 心エコーによる右室機能評価
用語集へ戻る
『は』用語集へ戻る