運動療法

【痙縮と機能の両立】「緊張を下げる」だけでは使えるようにならない — 脳卒中後の活用戦略

痙縮は脳卒中生存者の17〜43%に出現する合併症で、疼痛・機能低下・ADLの制限と関連します。しかし治療の現場では、「緊張を下げれば機能が上がる」という単純な因果が暗黙の前提になりがちです。近年の知見はこの前提を崩します。機能障害と筋緊張は強く相関しないことが知られ、リーチ動作の障害は痙縮そのものよりも「分離運動の運動制御」の問題として現れるからです(痙縮とは)。一方で、放置された痙縮は拘縮・疼痛を通じて二次的に機能を絞ります。つまり「下げること」と「使えるようにすること」は、別のトラックの仕事であり、両方を同じセッションの中で統合する設計が求められます。前回記事『γ運動ニューロンの活動抑制を狙う温熱×持続伸張の臨床戦略'の物理療法に続く、痙縮×機能の統合戦略を整理します。

痙縮は「1つの症状」ではない — 何が機能を絞っているのか

Sheean ら(2009)は、臨床で「痙縮」と一括りにされる異常筋緊張を複数の成分に分けて扱うべきとしました。Gracies ら(2005)はさらに、中枢性麻痺・筋短縮・筋過活動が絡み合って痙性不全(spastic paresis)を形成することを示し、「麻痺→廃用→さらに麻痺」という悪循環を、過活動の少ない筋への集中的な運動訓練と積極的な伸張・局所治療の併用で断ち切るべきだと述べています。

成分 内容 機能への主な影響 対応の方向
速度依存性の反射亢進 素早い他動伸張で抵抗が増大する伸張反射の亢進 急速な動きの途中で「引っかかる」 反射活動の抑制(薬物・BoNT-A・持続伸張)
痙性ジストニア 自主運動も反射もない状態での持続的な筋収縮 安静時姿勢(屈曲・内反)を作る 筋バランスの再調整(BoNT-A・装具)
痙性共同収縮 自主運動に拮抗筋の過剰な同時収縮が混入 分離運動を粗糙にする 運動制御訓練(単一関節運動の分離)
筋短縮・軟部組織変化 痙縮による筋腹の短縮、結合組織の変化 可動域制限・拘縮への移行 持続伸張・ポジショニング・装具

 

図1:速度依存性の反射亢進、痙性ジストニア、筋短縮。成分ごとに対応が変わる

「緊張を下げる=機能が上がる」ではない — エビデンスの現実

  • 機能障害と筋緊張は強く相関しない:脳卒中後のリーチ動作の障害は、痙縮の減少で治るというより、肘伸展の分離運動という運動制御の問題として現れます。緊張を下げるだけでは、出したい動きは出せるようになりません
  • 筋力強化は痙縮を悪化させない:脳卒中後の筋力低下は痙縮と並ぶ主要な障害ですが、漸進的抵抗運動を含む筋力強化は痙縮を誘発しないことが示されています。「痙縮があるから筋力強化は危険」という慣行は根拠を欠きます
  • ボツリヌス毒素は「下げる」は確実、「機能」は条件付き:BoNT-Aは痙縮を確実に短期的に減少させますが、能動機能の改善は一部の患者で認められる程度です。むしろ確立された主目標は受動的機能(拘縮予防・衛生・着替えのしやすさ)の支援であり、能動機能への展開には運動訓練の併用が要ります。実際、BoNT-A+リハビリテーション併用の研究や、BoNT-Aで低下させた緊張をロボット支援訓練が機能へ変換する報告が積み重なっています(Hara ら, 2019;Facciorusso ら, 2025)
  • 目標設定が機能転帰を動かす:Goal Attainment Scaling(GAS)を用いた目標計画への参加で、目標達成が改善することが示されています。「緊張をMASで1段階下げる」ではなく「何ができるようになるか」を先に決めることが、機能転帰を左右します

両立戦略 — 2つのトラックを1つのセッションでつなぐ

 

図2:上段が緊張管理、下段が機能訓練。同じ課題の中で2つのトラックを統合する

トラック 手技・訓練 意図
緊張管理トラック 持続伸張、ポジショニング、装具、BoNT-A注射、薬物 筋短縮と反射亢進を抑え、動ける「土台」を確保する
機能訓練トラック 反復課題練習、筋力強化、バランス訓練、ADL課題 出したい動きを、実際の文脈で練習する

統合の要点は3つです。

  • タイミングでつなぐ:BoNT-Aの効果は注射後1〜4週でピークに達し、3〜4ヶ月ごとの反復が必要です。効果が最大の時期に能動的な課題練習を集中的に組み込むことで、下がった緊張を新しい動きの学習に使います
  • 課題の中で伸張させる:痙縮筋への伸張を、徒手・器具としてではなく課題そのものに組み込む(立ち上がりで下腿三頭筋を伸張する、物の置き位置を工夫して前腕回外を引き出す)。伸張が治療としてだけでなく訓練の一部になる
  • 残された緊張の価値を守る:立位・歩行では、下肢の伸張トーンが体を支える役割を果たしていることがあります。歩行の安定性を損なう過剰な緊張低下は目標ではありません。管理対象は「機能を絞る緊張」に絞ります

臨床プロトコル — 5ステップ

 

図3:評価→優先課題の選択→緊張の管理→機能訓練→再評価のループ

ステップ 内容 意図
① 評価 MAS・Tardieu尺度+機能課題(リーチ、立ち上がり、歩行)+疼痛・可動域(他動関節可動域とは) 「緊張の程度」と「機能の状態」を別々に測る
② 優先課題の選択 患者目標から、痙縮が実際に絞っている課題を特定しGASで数値化 「下げる」より「何ができるようになるか」を先に決める
③ 緊張の管理 持続伸張・装具・ポジショニングを日常に配置し、必要に応じてBoNT-A・薬物 筋短縮と反射亢進への直接的な介入
④ 機能訓練 選択した課題の反復練習+筋力強化+バランス訓練。BoNT-A後は効果ピーク期に集中 緊張低下を動きの学習に変換する
⑤ 再評価 緊張と機能の再測定、目標の再設定 2つのトラックが正しい比率で回っているか確認する

注意点 — よくある誤り

  • 「痙縮があるから動けない」と単純化する:機能障害と筋緊張は強く相関しない。運動制御・筋力・感覚・忽略など他の要因を同時に評価する
  • 緊張低下だけの治療で終える:下がった緊張は、使う訓練がなければ時間とともに元に戻る。BoNT-A後の訓練設計が效果を決める
  • 筋力強化を避ける:痙縮を誘発しないというエビデンスの上では、筋力強化はむしろ優先すべき介入の一つ
  • 緊張の価値を無視する:立位・歩行を支える伸張トーンを過剰に下げると、転倒リスクが増えうる。管理対象は機能を絞る緊張に絞る
  • MASだけで評価・判断する:MASは他動抵抗の尺度。Tardieu尺度、機能課題、患者目標を並行して測る(異常筋緊張とは)

まとめ

  • 痙縮は脳卒中後の17〜43%に出現するが、「緊張を下げる=機能が上がる」は成立しない。機能障害と筋緊張は強く相関しない
  • 臨床の「痙縮」は速度依存性反射亢進・痙性ジストニア・痙性共同収縮・筋短縮の複合体。成分ごとに対応が変わる
  • 麻痺・筋短縮・筋過活動は絡み合う(Gracies)。過活動の少ない筋への集中的な訓練と積極的伸張・局所治療の併用で悪循環を断つ
  • BoNT-Aは緊張低下を確実にするが、能動機能の改善は訓練の併用で初めて実現する。効果ピーク期(注射後1〜4週)に課題練習を集中させる
  • 筋力強化は痙縮を悪化させない。痙縮を理由に筋力強化を外すのは根拠を欠く
  • 目標は「緊張の数値」でなく「何ができるようになるか」。GASで優先課題を数値化し、2つのトラックを同じセッションで統合する

「下げる」ことと「使えるようにする」ことは別の仕事です。だからこそ、同じセッションの中で2つのトラックを統合できるかが、痙縮がある脳卒中後のリハビリテーションの成否を決めます。

参考文献

  • Sheean G, McGuire J. Spastic hypertonia and movement disorders: its physiology, measurement, exercise, and rehabilitation. PM R. 2009. PubMed
  • Gracies JM. Pathophysiology of spastic paresis. II: Emergence of muscle overactivity. Muscle Nerve. 2005. PubMed
  • Shahid J, et al. A Comprehensive Review of Physical Therapy Interventions for Stroke Rehabilitation: Impairment-Based Approaches and Functional Goals. 2023. PMC
  • Francisco GE, et al. Poststroke Spasticity Management. Stroke. 2012. AHA Journals
  • Management of Poststroke Mobility and Spasticity. Practical Neurology. Practical Neurology
  • Hara T, et al. Botulinum Toxin Therapy Combined with Rehabilitation on motor function in post-stroke upper limb spasticity. 2019. PMC
  • Facciorusso S, et al. Botulinum Toxin Combined with Robot-Assisted Therapy for post-stroke spasticity. 2025. PMC
  • 痙縮 — Rehabili days
  • 異常筋緊張 — Rehabili days
  • 拘縮 — Rehabili days

関連記事

  • 痙縮とは
  • 異常筋緊張とは
  • 拘縮とは
  • γ運動ニューロンの活動抑制を狙う温熱×持続伸張の臨床戦略
  • ブルンストロームステージとは
  • 他動関節可動域とは

-運動療法

Copyright© Rehabili days(リハビリデイズ) , 2026 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.