失認とは
失認とは、視力や聴力、触覚そのものは保たれているのに、見たもの・聞いたもの・触れたものが何であるかをうまく認識できない状態です。英語では agnosia と呼ばれます。
ポイントは、「見えていない」「聞こえていない」「触れていない」のではなく、感覚情報を意味のあるものとして結びつける過程が障害されていることです。たとえば、目では見えているのに物の名前がわからない、触れば形は感じるのに何かわからない、音は聞こえるのに何の音かわからない、という形で現れます。
失認は単独でみられることもありますが、脳卒中や頭部外傷のあとに、失語、失行、注意障害、記憶障害などと一緒にみられることも少なくありません。つまり失認は、感覚器の異常というより、脳の高次な認知機能の障害として理解する必要があります。
どこでみるのか
失認は、脳卒中、頭部外傷、脳腫瘍、脳炎、変性疾患などで、頭頂葉・側頭葉・後頭葉を中心とした脳のネットワークが障害されたときにみられます。とくに、視覚情報、聴覚情報、触覚情報を統合して「これは何か」を判断する経路が損なわれると起こります。
臨床では、神経内科、脳神経外科、回復期リハビリテーション、外来の高次脳機能評価場面などで出会います。患者さん本人は「見えているのにわからない」「物を探しにくい」「顔は見えているのに誰だかわからない」などと表現することがありますが、本人がうまく説明できず、家族やスタッフが日常生活の違和感から気づくこともあります。
何をみているのか
失認でみているのは、単に感覚が入っているかどうかではなく、入ってきた感覚情報を過去の知識や意味と結びつけられているかです。たとえば視覚失認では、目の前の物の形や色はある程度捉えられていても、それが何で、どう使うものかがわからなくなります。
そのため評価では、「視力や聴力、触覚の障害そのもの」と「高次脳機能としての認識の障害」を分けて考えることが重要です。ここを混同すると、単なる視覚障害や感覚障害として扱ってしまい、日常生活で生じている本当の困りごとを見落としやすくなります。
臨床でどうみるか
臨床ではまず、本人が対象を認識できない理由が、感覚器の問題なのか、注意の問題なのか、言語の問題なのか、それとも失認なのかを整理します。見えていないのか、見えているが名前が出ないのか、名前は出なくても使い方はわかるのか、触ればわかるのか、といった点を丁寧に確認します。
たとえば、目で見てもわからないが触ればわかるなら視覚失認を考えますし、顔の輪郭は見えているのに誰の顔かわからないなら相貌失認を疑います。逆に、対象を見落としているなら注意障害や半側空間無視が関わっている可能性もあります。つまり、どの感覚経路で、どの段階の認識が障害されているかをみることが臨床上のコツです。
評価で何をみるか
- 視力、視野、聴力、表在感覚など感覚機能そのものの確認
- 物品、写真、絵、音、触覚刺激に対する認識の可否
- 見ればわからないが、触ればわかるかどうか
- 名前が言えないだけなのか、用途そのものがわからないのか
- 相貌失認、視覚失認、触覚失認、聴覚失認などタイプの整理
- 失語、失行、記憶障害、注意障害、半側空間無視の合併
- 日常生活での困りごと(更衣、食事、移動、買い物、対人場面)
- CTやMRIでの損傷部位の確認
- 必要に応じた神経心理学的検査
臨床でよく出る問題
- 目の前の物が何かわからず、道具を使いにくい
- 家族や知人の顔がわからず、対人関係で混乱する
- 物を探すのに時間がかかり、生活動作が遅くなる
- 見えているのに目的の場所や物品にたどりつけない
- ラベルや表示を読んでも、実物と結びつけにくい
- 失語や失行を合併すると、何が困難の中心か分かりにくい
- 本人に自覚が乏しく、周囲が先に気づくことがある
失認そのものは目立ちにくいことがありますが、実際には日常生活への影響が大きい障害です。だからこそ、単純な筋力や感覚だけでなく、認識のズレが生活のどこで起きているかを把握する必要があります。
起こりやすい要因
失認は、感覚情報を意味づける脳の領域やネットワークが傷つくことで起こります。代表的な要因は次の通りです。
- 脳卒中
- 頭部外傷
- 脳腫瘍
- 脳炎や脳膿瘍
- 低酸素脳症
- アルツハイマー病などの変性疾患
- 頭頂葉、側頭葉、後頭葉の損傷
たとえば後頭葉から側頭葉にかけての障害では視覚失認、頭頂葉の障害では触覚による認識の障害、側頭葉の障害では聴覚や意味理解に関わる障害がみられることがあります。つまり「どの葉が傷んだか」によって、失認の現れ方は変わります。
注意したい症状
- 突然、見えている物が何かわからなくなった
- 家族の顔は見えているのに誰かわからない
- 触れば形はわかるのに、その物の名前や用途がわからない
- 音は聞こえるのに、何の音か判断できない
- 脳卒中や頭部外傷のあとから急に認識のズレが出た
- 日常の物品操作や対人場面で急に混乱が増えた
このような場合は、単なる物忘れや不注意だけではなく、脳の損傷に伴う高次脳機能障害を考える必要があります。とくに急に症状が出た場合は、脳卒中などの緊急疾患の可能性もあるため、早めの受診が重要です。
対応の基本
対応の基本は、まず原因となっている脳の病気や損傷を評価することです。そのうえで、失認そのものを完全に消すというより、残っている感覚や手がかりを使って生活しやすくすることが中心になります。
- 原因疾患の治療を行う
- 視力や聴力、感覚障害そのものとの区別をつける
- 神経心理学的評価で障害像を整理する
- 作業療法や言語療法で代償手段を学ぶ
- ラベル、配置の固定、色分けなど環境調整を行う
- 触る、声に出す、手順化するなど複数の手がかりを使う
- 家族や支援者が障害特性を理解して関わる
リハビリでは、「できないこと」を繰り返し求めるより、何を手がかりにすれば認識しやすいかを探していくことが実用的です。たとえば視覚だけでは難しければ、触覚や配置、ラベル、音声の情報を組み合わせることで生活が安定することがあります。
ひとことで言うと
失認とは、感覚そのものは保たれているのに、脳の障害によって見たもの・聞いたもの・触れたものを意味のある対象として認識しにくくなる状態です。