はじめに ― 肩の痛みが「難しい」理由
「肩が痛い」という訴えほど、セラピストを悩ませるものはないかもしれません。
外来リハビリで60代の女性患者さんが「肩が痛くて腕が上がらない」と訴えてきたとき、私たちは瞬時に多くの可能性を考えなければなりません。腱板断裂なのか、五十肩なのか、頸椎由来の放散痛なのか。それとも、胸郭の柔軟性低下による二次的な機能障害なのか――。
肩の痛みが複雑なのは、肩関節そのものが「関節複合体」であることに加えて、頸部、胸郭、肩甲骨の協調運動によって機能しているからです。さらに、痛みの発生メカニズムも、組織損傷による侵害受容性疼痛から、神経障害性疼痛、中枢性感作による痛覚過敏まで多様です。
この記事では、臨床現場で実際に使える「肩の痛みの整理法」を、評価の手順、鑑別のポイント、治療戦略の立て方という3つの観点から解説します。明日からの臨床が少しでもスムーズになれば幸いです。
肩の痛みを整理する「2つの軸」
疼痛の局在性と発生メカニズムで分類する
肩の痛みを訴える患者さんに出会ったとき、多くのセラピストが「どこから手をつけるべきか」と迷います。痛みの原因は、肩関節そのものの構造的問題から、頸部や胸郭由来の放散痛、さらには運動パターンの問題まで多岐にわたるからです。
この章では、臨床現場でよく使われる「疼痛の局在性」と「発生メカニズム」という2つの軸で整理する方法を紹介します。
この図表が示すこと:肩の痛みを「局所性vs放散性」と「構造的vs機能的」の2軸で分類することで、問診と触診の段階で大まかな鑑別の方向性を定めることができます。
たとえば、ある患者さんが「肩の前側が痛い」と訴え、触診で三角筋前部に限局した圧痛があり、自動外転では60~120度で痛みが出るが、他動運動では可動域が保たれているとします。この場合、「局所性×機能的問題」の象限、つまり肩峰下インピンジメントや腱板機能不全を疑う根拠になります。
一方、「肩から腕全体にかけてしびれる」「夜間に腕全体が痛む」という訴えがあり、Spurling testが陽性であれば、「放散性×構造的問題」、つまり頸椎症性神経根症の可能性が高まります。
「見逃してはいけない所見」を最初に除外する
どんなに丁寧な評価を行っても、サインを見落とせば、その後の理学療法がかえって症状を悪化させるリスクがあります。臨床現場では、次のようなサインを初診時に必ず確認すると良いと思います。
- 夜間痛が強く、体位変換でも軽減しない:感染、腫瘍、腱板断裂の可能性
- 外傷後の急激な機能低下:骨折、脱臼、完全断裂の可能性
- 発熱、全身倦怠感を伴う:感染性関節炎、リウマチ性疾患
- 急性の激痛と著明な可動域制限:石灰沈着性腱炎、急性期凍結肩
これらの所見がある場合、まずは医師への紹介を優先すべきです。「とりあえず様子を見ましょう」という判断が、後に重大な見落としにつながることがあります。
評価のプロセス ― 何を、どの順番で見るか
問診で「痛みのストーリー」を聞き出す
肩の痛みの評価は、問診から始まります。しかし、ただ漫然と「いつから痛いですか?」と聞くだけでは、重要な情報を見逃してしまうことがあります。
臨床現場でよく使われる問診の枠組みは、次のようなものです。
発症様式:
- 「いつから痛みが始まりましたか?」
- 「急に痛くなったのか、徐々に悪化したのか」
たとえば、ある50代男性が「3日前に重い荷物を持ち上げたときから急に痛くなった」と答えた場合、外傷性の腱板損傷を疑います。一方、「半年前から徐々に痛みが強くなり、最近は夜も眠れない」という訴えであれば、五十肩や変性疾患の可能性が高まります。
疼痛の性質と部位:
- 「どこが、どのように痛みますか?」
- 「鋭い痛みか、鈍い痛みか、しびれるような感じか」
局所的な鋭い痛みは組織損傷を、広範囲の鈍痛や放散痛は神経性または中枢性の要素を示唆します。
増悪・軽減因子:
- 「どんな動作で痛みが強くなりますか?」
- 「安静にしていても痛みますか?」
挙上動作で痛みが出るのは肩関節由来の可能性が高く、頸部の回旋や側屈で痛みが誘発されるなら頸椎性の要素を考慮すべきです。
触診と視診で「組織の状態」を把握する
問診の次は、視診と触診です。ここでは、筋の緊張、圧痛点、腫脹、可動域の左右差を確認します。
たとえば、ある患者さんの肩甲骨周囲を触診したとき、僧帽筋上部や肩甲挙筋に過緊張と圧痛があり、肩甲骨の動きが制限されているとします。この場合、肩甲上腕リズムの破綻が肩の痛みの一因になっている可能性があります。
また、三角筋前部の圧痛が強く、棘上筋腱の走行に沿って圧痛がある場合、腱板損傷や肩峰下滑液包炎を疑う根拠になります。
疼痛誘発テストで「原因組織」を絞り込む
触診の後は、疼痛誘発テストを行います。ここでのポイントは、自動運動、他動運動、抵抗運動を分けて評価することです。
- 自動運動で痛みが出る:筋や腱の収縮、または関節包の制限が関与
- 他動運動で痛みが出る:関節包、靭帯、滑液包の問題
- 抵抗運動で痛みが出る:筋や腱の損傷、炎症
たとえば、自動外転では90度で痛みが出るが、他動外転では150度まで可能で痛みが少ない場合、腱板の機能不全やインピンジメントを疑います。逆に、他動運動でも痛みが強く、可動域が著しく制限されている場合、凍結肩や関節包の拘縮を考えます。
鑑別のポイント ― 代表的な疾患の特徴
腱板断裂
腱板断裂は、50歳以上の患者さんに多く見られる疾患です。典型的なケースでは、夜間痛が強く、外転筋力の低下が顕著です。
ある60代男性が「夜中に肩が痛くて目が覚める」「腕を横に上げようとすると力が入らない」と訴えてきたとします。自動外転では60度までしか上がらず、drop arm signが陽性、棘上筋の萎縮も見られる場合、腱板断裂の可能性が高いです。
ただし、部分断裂の場合は症状が軽度で、可動域も比較的保たれていることがあるため、MRIや超音波検査での確定診断が重要です。
五十肩(凍結肩)
五十肩は、40~60歳に好発し、糖尿病の既往がある患者さんに多い傾向があります。特徴的なのは、全方向性の可動域制限と夜間痛です。
たとえば、ある50代女性が「3か月前から徐々に肩が固まってきた」「髪を結ぶのも、服を着るのも辛い」と訴えてきたとします。他動運動でも外旋、内旋、外転すべてが制限され、関節包の拘縮が疑われる場合、凍結肩の診断が妥当です。
五十肩は、freezing期、frozen期、thawing期という3つのステージを経ることが多く、各ステージで介入方法を変える必要があります。
肩峰下インピンジメント
肩峰下インピンジメントは、30~50歳のオーバーヘッド動作を繰り返す人に多い疾患です。特徴的なのは、挙上60~120度の弧状の痛み(painful arc)です。
ある40代の塗装工が「腕を上げる途中で肩の横が痛い」「上まで上げきると痛みが減る」と訴えてきたとします。Neer testやHawkins-Kennedy testが陽性で、棘上筋腱の走行に沿って圧痛がある場合、肩峰下インピンジメントを強く疑います。
この疾患では、肩甲骨の運動パターンや胸郭の柔軟性も評価し、肩峰下スペースを確保するための運動療法が重要です。
石灰沈着性腱炎
石灰沈着性腱炎は、40~50歳の女性に多く、突然の激痛で発症します。安静時痛が強く、わずかな動きでも激痛が走るのが特徴です。
ある45歳女性が「昨夜突然肩が痛くなり、動かせなくなった」「熱っぽい感じもする」と訴えてきたとします。肩関節周囲に熱感と腫脹があり、すべての運動で激痛を訴える場合、石灰沈着性腱炎の急性期を疑い、すぐに医師へ紹介すべきです。
治療戦略の立て方 ― 病期と病態に応じた介入
急性期の原則 ― 過度な刺激を避ける
肩の痛みが急性期にある場合、最も重要なのは疼痛と炎症のコントロールです。この時期に過度なストレッチや筋力強化を行うと、炎症を悪化させ、治癒を遅らせる可能性があります。
たとえば、腱板損傷の急性期にある患者さんに対して、初回から強制的な外転ストレッチを行うと、疼痛が増強し、患者さんの治療への信頼を失うことになります。
急性期には、次のような介入が推奨されます。
- 相対的安静:痛みを伴う動作は避けるが、完全な固定はしない
- アイシング:炎症が強い場合、1日数回、15分程度のアイシング
- 疼痛管理の指導:就寝時の肢位、日常動作の工夫
- 振り子運動:肩甲上腕関節の軽度な可動域維持
亜急性期の原則 ― 可動域の回復を優先する
亜急性期に入ると、疼痛が軽減し、可動域の改善が主な目標になります。この時期には、疼痛を伴わない範囲での自動運動が重要です。
たとえば、五十肩のfreezing期から frozen期に移行しつつある患者さんには、振り子運動から始めて、徐々に自動介助運動、自動運動へと進めていきます。ただし、end-rangeでの強いストレッチは避けるべきです。
亜急性期には、次のような介入が有効です。
- 振り子運動:肩甲上腕関節の緊張緩和
- 自動介助運動:滑車運動、棒体操
- 等尺性運動:疼痛を伴わない範囲での筋力維持
- ADL指導:日常動作での負担軽減
慢性期の原則 ― 機能回復と再発予防
慢性期では、可動域がある程度回復し、筋力強化と運動パターンの改善が主な目標になります。この時期には、過度な安静がかえって機能低下を招くことがあります。
たとえば、インピンジメント症候群の患者さんに対しては、肩甲骨周囲筋の強化、ローテーターカフのトレーニング、姿勢改善指導を段階的に進めていきます。
慢性期には、次のような介入が推奨されます。
- 段階的負荷:セラバンド、ダンベルを用いた筋力強化
- 肩甲骨安定化運動:前鋸筋、僧帽筋下部のトレーニング
- 姿勢指導:胸郭の柔軟性改善、肩甲骨のアライメント修正
- 再発予防教育:日常動作での注意点、セルフエクササイズ
まとめ ― 整理することで見えてくるもの
肩の痛みは、原因が多岐にわたり、評価も治療も複雑です。しかし、疼痛の局在性と発生メカニズムという2つの軸で整理し、病期に応じた介入を選択することで、臨床判断の精度は高まります。
現場で迷ったときは、次の3つのステップを思い出してください。
- レッドフラッグを除外する ― 見逃してはいけない所見を最初に確認
- 疼痛の性質と部位を特定する ― 問診、視診、触診、疼痛誘発テストで絞り込む
- 病期に応じた介入を選ぶ ― 急性期は保護、亜急性期は可動域、慢性期は機能回復
肩の痛みの評価は、決して一直線ではありません。複数の要因が絡み合い、患者さんごとに異なるストーリーがあります。だからこそ、私たちセラピストには、柔軟な思考と段階的なアプローチが求められるのです。
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