はじめに
「夜も眠れないほど肩が痛くて…でも、様子を見ていたら3ヶ月後には痛みが引いて、今度は肩が全然上がらなくなったんです」
外来や病棟でこうした訴えを聞くことは少なくありません。凍結肩(frozen shoulder、肩関節周囲炎)は、「自然に治る」と言われる一方で、実際には6ヶ月から2年以上もの長い経過をたどります。そして、この経過の中で病期を見誤ると、良かれと思った介入が逆に症状を悪化させることもあります。
炎症期に強いストレッチをかければ炎症は悪化し、拘縮期に安静を続ければ回復は遅れる――この「ざわつき」こそが、凍結肩のリハビリで最も臨床家を悩ませるポイントです。本記事では、凍結肩の病期ごとの経過とリハビリの考え方を、現場で使える形で整理します。
凍結肩の3つの病期とその経過
凍結肩は、炎症期(freezing phase)・拘縮期(frozen phase)・回復期(thawing phase)という3つの病期を順に経過します。各病期の期間や症状には個人差がありますが、典型的な経過を理解しておくことは、臨床判断の基盤となります。
炎症期(Freezing Phase):2~9ヶ月
「夜間痛で目が覚める」時期です。
50代女性の患者さんが、3週間前から右肩の痛みを訴えて来院されました。「昼間も痛いけれど、夜寝返りを打つと激痛で目が覚めるんです」と。可動域を測定すると、自動運動は制限されているものの、他動運動では比較的保たれていました。この時期、関節包には強い炎症が起きており、安静時痛や夜間痛が特徴です。
炎症期の主な特徴:
- びまん性の強い疼痛(夜間痛・安静時痛が顕著)
- 可動域制限は比較的軽度(他動運動は保たれることもある)
- 炎症反応が主体
- 期間:2~9ヶ月
この時期の患者さんは、「いつまでこの痛みが続くのか」という不安を抱えています。医学的には「炎症が落ち着くまで数ヶ月かかることもある」と伝えることが大切です。
拘縮期(Frozen Phase):3~12ヶ月
「痛みは減ったけど、肩が固まって動かない」時期です。
炎症期を経た患者さんが2ヶ月後に再来されました。「痛みはだいぶ楽になったんですが、髪を結ぼうとしても手が後ろに回らなくて…」と困惑した表情。評価すると、外旋・内旋ともに著明な制限がありました。この時期、疼痛は軽減しますが、関節包の線維化により可動域制限が顕著になります。
拘縮期の主な特徴:
- 疼痛は軽減傾向(動作時痛は残る)
- 著明な可動域制限(特に外旋・内旋)
- 関節包の線維化・拘縮が進行
- 期間:3~12ヶ月
「痛くないから大丈夫」と思って放置すると、拘縮が進行してしまいます。逆に、この時期は適切な介入で可動域を改善できるチャンスでもあります。
回復期(Thawing Phase):5~26ヶ月
「少しずつ動くようになってきた」時期です。
拘縮期から1年ほど経過した患者さん。「最近、洗濯物を干すときに肩が上がるようになってきました」と笑顔で報告されました。可動域測定では、屈曲130°、外旋20°と、徐々に改善傾向が見られます。ただし、筋力低下や動作の不器用さは残っていることも多く、機能的な回復には時間を要します。
回復期の主な特徴:
- 疼痛は軽微
- 可動域が徐々に改善
- 筋力低下が顕著
- 期間:5~26ヶ月
回復期は「ゴールが見えてきた」時期ですが、完全回復までには1~2年以上かかることもあります。焦らず、機能訓練を継続することが大切です。
この図表が示すこと:凍結肩の3つの病期における疼痛と可動域制限の時間的推移を視覚的に表しています。炎症期で疼痛がピークに達し、拘縮期で可動域制限が最も顕著になり、回復期で徐々に改善する経過を示しています。
病期別リハビリテーションの考え方
凍結肩のリハビリで最も重要なのは、病期に応じた介入強度の調整です。ガイドラインでは「疼痛が生じるまで行う運動療法より、疼痛のない範囲での運動療法の方が肩関節機能の改善をもたらす」という考え方が主流になっています。
炎症期のリハビリ:疼痛管理が最優先
「痛みを出さないこと」が何より大切です。
炎症期の患者さんに、「可動域を維持するために頑張って動かしましょう」と指導し、翌週来院したときには「痛みがひどくなって…」と訴えられたことはありませんか?この時期、積極的なストレッチや強い関節モビライゼーションは炎症を悪化させるリスクがあります。
推奨される介入
- 振り子運動(Codman体操):重力を利用した無理のない運動
- Gentle mobilization:Grade I~IIの軽度な関節モビライゼーション
- アイシング・温熱療法:疼痛緩和のための物理療法
- 患者教育:「炎症が落ち着くまで数ヶ月かかること」を伝え、不安を軽減
避けるべき介入
- 疼痛を伴う強いストレッチ
- Grade III~IVの強い関節モビライゼーション
- 無理な挙上動作の反復
「でも、動かさないと固まってしまうのでは?」という患者さんの不安に対しては、「今は炎症を落ち着かせることが優先です。痛みのない範囲で少しずつ動かしていきましょう」と丁寧に説明することが重要です。
拘縮期のリハビリ:可動域拡大を目指す
「この時期こそ、積極的な介入が効果を発揮します。」
拘縮期に入ると、疼痛は軽減し、組織の伸張性を改善することが可能になります。この時期の患者さんに「まだ痛いから安静にしていましょう」と指導すると、拘縮が進行し回復が遅れてしまいます。
推奨される介入
- ストレッチ:中等度の強度で、組織伸張を目的とした持続的ストレッチ
- Grade III~IVの関節モビライゼーション:Maitland法やKaltenborn法による積極的な可動域拡大
- 等尺性運動:筋力低下を予防するための静的な筋力トレーニング
- 温熱療法後のストレッチ:組織の伸張性を高めてから実施
臨床のポイント
- 「痛いけれど、我慢できる程度」の強度が目安
- ストレッチは15秒程度から開始し、徐々に延長
- 回旋運動(外旋・内旋)を優先:挙上運動より制限が強く、日常生活への影響も大きい
拘縮期の患者さんには、「今が一番頑張りどころです。この時期に可動域を改善しておくと、回復期がずっと楽になりますよ」と励ますことも効果的です。
回復期のリハビリ:筋力強化と機能回復
「動くようになったら、次は『使える肩』を目指します。」
回復期に入ると、可動域は改善傾向ですが、筋力低下や動作の不器用さが残っていることが多く見られます。この時期、患者さんは「もう大丈夫」と思いがちですが、実際には機能的な回復にはまだ時間が必要です。
推奨される介入
- 抵抗運動:セラバンドやダンベルを用いた筋力強化
- 機能的動作訓練:日常生活動作(洗髪、着衣、家事動作など)を想定した訓練
- 肩甲骨周囲筋の強化:肩甲骨の安定性が肩関節機能に重要
- セルフエクササイズ指導:自宅で継続できるプログラムの提供
臨床のポイント
- 「痛みが出ない範囲で、積極的に動かす」
- 日常生活で実際に困っている動作を確認し、それに特化した訓練を行う
- 完全回復まで1~2年かかることもあることを伝え、焦らせない
回復期の患者さんが「もう通院しなくていいですか?」と聞いてきたとき、「可動域は良くなっていますが、筋力や動作の滑らかさを取り戻すにはもう少し時間がかかりますよ」と説明することが大切です。
病期判断の難しさと臨床的ざわつき
病期が重複する時期
「これって炎症期?それとも拘縮期?」という判断に迷うことはありませんか?
実際の臨床では、炎症期と拘縮期がはっきりと区別できないケースも少なくありません。夜間痛は軽減してきたけれど、可動域制限はまだそれほど顕著ではない――こうした「移行期」の患者さんに対して、どの程度の強度で介入すべきか悩むことがあります。
判断のポイント
- 夜間痛・安静時痛の有無:炎症期の最も重要な指標
- 可動域制限の程度:拘縮期では他動運動も著明に制限される
- 疼痛の性質:炎症性疼痛(じっとしていても痛い)か、機械的疼痛(動かすと痛い)か
典型的でない経過をたどる症例
「教科書通りにはいかない」のが凍結肩の難しさです。
糖尿病を合併している患者さんでは、拘縮が強く、回復に時間がかかる傾向があります。また、外傷後や手術後の凍結肩では、典型的な経過をたどらないこともあります。こうした症例では、画一的なプロトコルではなく、個別の病態評価が重要です。
エビデンスと臨床判断のバランス
理学療法診療ガイドラインの推奨
理学療法診療ガイドラインでは、凍結肩に対する理学療法について以下のような推奨がなされています。
- 一般運動療法(推奨グレード B):ストレッチと振り子運動の組み合わせが基本
- 徒手療法(推奨グレード B):Grade III~IVの関節モビライゼーションが効果的
ただし、ガイドラインでも「理学療法が他の治療法(ステロイド注射など)と比べて効果的かどうかは不明」とされており、絶対的なエビデンスがあるわけではないことを理解しておく必要があります。
「疼痛のない範囲で」という考え方の変遷
以前は、「早期からの積極的な運動」が推奨されていましたが、現在では「疼痛が生じるまで行う運動療法より、疼痛のない範囲での運動療法の方が肩関節機能の改善をもたらす」という考え方が主流です。
これは、炎症期における過度な介入が逆効果であることを示しています。臨床では、「多少の痛みは我慢して頑張る」という古い指導から、「痛みを出さないように、適切な強度で行う」という方向へシフトしています。
まとめ:凍結肩リハビリの3原則
凍結肩のリハビリを成功させるために、以下の3つの原則を押さえておきましょう。
1. 病期を正しく評価する
- 夜間痛・安静時痛の有無
- 可動域制限の程度
- 疼痛の性質(炎症性か機械的か)
2. 病期に応じた介入強度を選択する
- 炎症期:疼痛のない範囲で、無理をしない
- 拘縮期:中等度の伸張で、積極的に可動域拡大
- 回復期:筋力強化と機能訓練を重視
3. 患者教育と経過説明を丁寧に行う
- 「6ヶ月~2年かかることもある」と伝える
- 病期ごとの目標を共有する
- 「今、どの段階にいるのか」を説明する
凍結肩は、「待てば治る」病気ではありません。適切な病期評価と、それに応じたリハビリ介入があってこそ、患者さんのQOLを守ることができます。
関連キーワード
- 凍結肩(frozen shoulder)
- 肩関節周囲炎
- 病期評価
- 理学療法ガイドライン
- 関節モビライゼーション
内部リンク候補
- 「肩関節の可動域評価:正確な測定のためのポイント」
- 「関節モビライゼーションの基礎:Grade分類と適応」
- 「夜間痛への対応:疼痛管理の基本戦略」
- 「糖尿病患者における整形外科疾患の特徴」
- 「患者教育の技術:不安を軽減するコミュニケーション」


