失行とは
失行とは、筋力や感覚、関節の動きに大きな問題がないのに、これまでできていた目的のある動作がうまくできなくなる状態です。英語では apraxia と呼ばれます。
ポイントは、「動けない」のではなく、動作の組み立て方や使い方が乱れることです。たとえば、歯ブラシの使い方がわからなくなったり、着替えの順番が崩れたり、道具を極端に間違った方法で使ってしまったりします。つまり失行は、麻痺とは違って、動作そのものの計画や実行の障害として理解する必要があります。
また、失行は脳卒中や頭部外傷のあとに、失語、失認、注意障害、半側空間無視などと一緒にみられることもあります。そのため、単純に「不器用になった」と片づけず、高次脳機能障害のひとつとして整理することが大切です。
どこでみるのか
失行は、主に頭頂葉や、頭頂葉と前頭葉・側頭葉などを結ぶ神経ネットワークが障害されたときにみられます。特に左半球の損傷で目立つことが多く、脳卒中、頭部外傷、脳腫瘍、変性疾患などが原因になります。
臨床では、神経内科、脳神経外科、回復期リハビリテーション病棟、外来の高次脳機能評価場面などで出会います。患者さん本人は「手は動くのにうまくできない」と表現することもありますが、本人に自覚が乏しく、家族やスタッフが日常生活の違和感から気づくことも少なくありません。
何をみているのか
失行でみているのは、単なる筋力や可動域ではなく、目的のある動作を正しく思い出し、順序立てて、適切な形で実行できるかです。たとえば、手足は動くのに、歯ブラシを持っても口ではなく頬に当てる、服を着る順番が崩れる、ハサミやドライバーの使い方がわからない、といった形で現れます。
そのため評価では、「麻痺や感覚障害のためにできない」のか、「注意障害や失認のためにできない」のか、それとも「失行として動作のプログラム化がうまくいかない」のかを分けることが重要です。ここを混同すると、本人の困りごとの中心を見誤りやすくなります。
臨床でどうみるか
臨床ではまず、患者さんに習慣的な動作を実際にやってもらうことが大切です。たとえば、歯ブラシを使うまね、ハサミを使うまね、敬礼や手を振る動作、着替えや整容動作などを観察します。
このとき、口頭命令だとできないのか、模倣ならできるのか、実物の道具があるとできるのか、日常場面ではできるのかを丁寧にみていきます。失行では、単一の動きはできても、複数の動きを目的に沿ってまとめることが難しくなるのが特徴です。つまり「どの場面で、どの種類の動作が崩れるか」をみることが臨床上のコツです。
評価で何をみるか
- 筋力、感覚、関節可動域など基本的な身体機能
- 道具使用の可否(歯ブラシ、くし、ハサミ、スプーンなど)
- 口頭命令での動作と模倣での動作の違い
- 単純動作と複雑動作での差
- 動作の順序、手の形、対象との位置関係の乱れ
- 観念失行、観念運動失行、概念失行、構成失行などのタイプ
- 失語、失認、注意障害、半側空間無視の合併
- 更衣、整容、食事、家事など日常生活動作への影響
- CTやMRIによる損傷部位の確認
- 必要に応じた神経心理学的検査
臨床でよく出る問題
- 歯磨きや整容などの手順が崩れる
- 着替えで服の向きや順序を間違える
- 道具の持ち方や使い方が不自然になる
- 指示されるとできないが、自然な場面では部分的にできる
- 単純な手の動きはできるのに、目的動作になると崩れる
- 図形の模写や組み立てがうまくできない
- 本人は問題を自覚していないことがある
失行は、筋力低下ほど目立たなくても、日常生活への影響が大きい障害です。だからこそ、「動けるかどうか」だけでなく、生活動作がどの段階で崩れているかを丁寧にみる必要があります。
起こりやすい要因
失行は、動作を組み立てる脳のネットワークが障害されることで起こります。代表的な要因は次の通りです。
- 脳卒中
- 頭部外傷
- 脳腫瘍
- 認知症や変性疾患
- 頭頂葉の損傷
- 頭頂葉と前頭葉・側頭葉をつなぐ神経経路の損傷
たとえば、動作の意味づけや順序づけが障害されると観念失行が目立ちやすく、道具の使い方そのものが崩れると概念失行として整理しやすくなります。つまり、どのネットワークが傷んだかによって、失行の現れ方は変わります。
注意したい症状
- 麻痺は目立たないのに、急に道具が使えなくなった
- 着替えや歯磨きの手順が急にわからなくなった
- 手足は動くのに、指示された動作だけできない
- 物の使い方が極端におかしくなった
- 図形の模写や組み立てが急にできなくなった
- 脳卒中や頭部外傷のあとから生活動作が急に崩れた
このような場合は、単なる不注意や筋力低下ではなく、脳の損傷に伴う高次脳機能障害を考える必要があります。特に急に症状が出た場合は、脳卒中などの緊急疾患の可能性もあるため、早めの受診が重要です。
対応の基本
対応の基本は、まず原因となっている脳の病気や損傷を評価することです。そのうえで、失行そのものに特効薬があるわけではないため、リハビリテーションを通して、できる動作の条件を探し、生活しやすい方法へ再構成することが中心になります。
- 原因疾患の治療を行う
- 麻痺や感覚障害、失認などとの区別をつける
- 実際の生活動作のどこで崩れるかを整理する
- 理学療法、作業療法、必要に応じて言語療法を行う
- 動作を細かく分けて反復練習する
- 道具や環境を単純化し、手順を見える化する
- 家族や支援者が声かけや手順提示の方法を共有する
リハビリでは、「ちゃんとやって」と求めるより、どんな手がかりがあればできるかを探すほうが実用的です。実物を使うとやりやすいのか、模倣だとできるのか、手順書があると安定するのかを見極めながら介入していきます。
ひとことで言うと
失行とは、筋力や感覚はおおむね保たれているのに、脳の障害によって、これまでできていた目的のある動作や道具使用がうまくできなくなる状態です。
関連用語
参考文献・出典
- MSDマニュアル家庭版:失行
- MSDマニュアル プロフェッショナル版:失行
- 国立障害者リハビリテーションセンター:高次脳機能障害を理解する
- 慶應義塾大学病院 KOMPAS:高次脳機能障害のリハビリテーション