ラセーグ徴候とは
ラセーグ徴候は、下肢伸展挙上テスト(Straight Leg Raising Test; SLR test)によって誘発される神経学的徴候です。患者を仰臥位とし、検者が膝を伸展させたまま下肢を挙上していくと、腰部から下肢後面に沿った放散痛が誘発される現象を指します。この徴候は、腰椎椎間板ヘルニアによる神経根の圧迫や刺激、特にL5およびS1神経根障害を示唆する重要な臨床所見として、整形外科やリハビリテーション領域で広く用いられています。
1864年にフランスの医師Ernest-Charles Lasègueによって記載されたこの徴候は、坐骨神経痛の診断において高い感度を持ち、神経根症状のスクリーニングとして今なお重要な位置を占めています。
どこでみるのか
ラセーグ徴候は、整形外科外来、リハビリテーション科、神経内科、ペインクリニック、救急外来など、腰痛や下肢痛を訴える患者を診察する多くの臨床現場で評価されます。また、理学療法士や作業療法士による初期評価や経過観察においても、神経根症状の有無を確認するために日常的に実施される基本的な理学検査です。
特に急性腰痛や下肢の放散痛を訴える患者、外傷後の腰椎評価、手術適応の判断、保存療法の効果判定など、幅広い場面で活用されます。
何をみているのか
ラセーグ徴候の評価では、神経根に対する機械的刺激や緊張の程度を観察しています。具体的には、下肢の挙上動作によって坐骨神経や腰仙椎神経根が伸張され、神経根周囲の炎症や圧迫が存在する場合には、その刺激が疼痛として再現されるかを確認します。
痛みの性質(鋭い放散痛か、鈍い局所痛か)、誘発角度(通常30~70度の範囲で陽性とされる)、痛みの分布(腰部、臀部、大腿後面、下腿、足部)、左右差の有無などが評価の対象となります。また、膝を軽度屈曲させると痛みが軽減するか、足関節を背屈させると痛みが増強するか(Bragard徴候)といった修飾所見も重要です。
臨床でどうみるか
ラセーグ徴候の評価は、患者を安静な仰臥位にして行います。検者は一方の手で患者の踵部を支え、もう一方の手で膝をしっかりと伸展位に保持しながら、ゆっくりと股関節を屈曲方向へ挙上していきます。このとき、下肢後面や腰部への放散痛が誘発されるかどうか、またその角度を記録します。
陽性と判断される場合、通常は30度から70度の範囲で痛みが誘発され、患者は「ビリッとした痛み」や「電気が走るような感じ」と表現することが多いです。単なる筋肉のつっぱり感や、ハムストリングスのタイトネスによる違和感とは区別する必要があります。
また、健側の下肢を挙上することで患側に痛みが誘発される「交叉性ラセーグ徴候(crossed SLR sign)」は、椎間板ヘルニアの存在をより強く示唆する所見とされています。
評価で何をみるか
ラセーグ徴候の評価では、以下の項目を体系的に確認します。
- 疼痛誘発角度: 何度で痛みが出現するか(30~70度が陽性の目安)
- 疼痛の性質: 放散痛か、局所痛か、しびれを伴うか
- 疼痛の部位: 腰部、臀部、大腿後面、下腿、足部のどこに放散するか
- 左右差: 患側と健側で症状の違いがあるか
- 交叉性ラセーグ徴候: 健側挙上で患側に痛みが誘発されるか
- Bragard徴候: 足関節背屈で疼痛が増強するか
- 膝屈曲による変化: 膝を曲げると痛みが軽減するか
- 疼痛の再現性: 繰り返し検査しても同様の所見が得られるか
- 神経学的所見との整合性: 筋力低下、感覚障害、腱反射異常との関連
- 画像所見との対応: MRIやCTでの神経根圧迫部位と症状が一致するか
- 日常生活動作への影響: 歩行、立ち上がり、座位保持などへの支障
- 経時的変化: 治療や時間経過による陽性度の変化
臨床でよく出る問題
ラセーグ徴候が陽性となる場合、以下のような臨床的問題が生じやすくなります。
- 急性腰椎椎間板ヘルニア: 神経根圧迫による激しい放散痛と機能障害
- 慢性的な神経根症状: 長期にわたる痛みやしびれによる生活の質の低下
- 偽陽性の判断ミス: ハムストリングスのタイトネスや仙腸関節障害との鑑別困難
- ADL制限: 前屈動作、靴下の着脱、長時間座位などの困難
- 心理社会的問題: 慢性疼痛に伴う不安、抑うつ、恐怖回避思考
- 就労への影響: 腰部負担の大きい職業での就労困難
- 手術適応の判断: 保存療法の限界と手術タイミングの見極め
- 再発のリスク: 椎間板ヘルニアの再発や再燃による症状の繰り返し
起こりやすい要因
ラセーグ徴候陽性となる主な要因には、以下のものがあります。
腰椎椎間板ヘルニアが最も代表的な原因であり、特にL4/5、L5/S1レベルでの後外側型ヘルニアによるL5またはS1神経根の圧迫が典型的です。椎間板の線維輪が破綻し、髄核が脊柱管内や神経根管へ脱出することで、神経根が機械的に圧迫され、炎症性変化が加わることで陽性所見が生じます。
その他、脊柱管狭窄症、腰椎変性すべり症、腫瘍や感染症による神経根の圧迫、外傷性の神経根損傷なども原因となります。また、若年者では椎間板の柔軟性が高いため、中年以降と比べてヘルニアによる急性症状が出やすい傾向があります。
注意したい症状
ラセーグ徴候陽性の患者では、以下の症状に特に注意が必要です。
膀胱直腸障害の出現: 排尿困難、尿閉、便秘、会陰部のしびれなどは馬尾症候群を示唆し、緊急手術の適応となる可能性があります。これらの症状が現れた場合には、速やかに専門医への紹介が必要です。
進行性の筋力低下: 特に足関節の背屈力低下(下垂足)やつま先立ちができないなどの症状は、神経根の重度圧迫を示唆します。放置すると不可逆的な神経障害に進行する恐れがあります。
両側性の症状: 片側のみならず両側に症状が現れる場合、中心性ヘルニアや馬尾症候群など、より重篤な病態の可能性があります。
安静時痛の増悪: 夜間痛や安静時にも痛みが増強する場合、炎症の悪化や、まれに腫瘍や感染症などの可能性も考慮する必要があります。
対応の基本
ラセーグ徴候陽性の患者に対する対応は、まず正確な診断と重症度の評価から始まります。詳細な病歴聴取と神経学的診察に加え、必要に応じてMRIやCT、X線検査などの画像診断を行い、神経根圧迫の部位と程度を確認します。
急性期には安静と疼痛管理が優先されます。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、筋弛緩薬、神経障害性疼痛治療薬などの薬物療法に加え、神経ブロック注射が有効な場合もあります。ただし、長期の安静は筋力低下や心理的問題を招くため、可能な範囲での活動維持が推奨されます。
保存療法として、理学療法や運動療法、牽引療法、装具療法などが適応されます。多くの腰椎椎間板ヘルニアは自然経過で改善することが知られており、3か月程度の保存療法を試みることが一般的です。
ただし、馬尾症候群の徴候、進行性の神経脱落症状、強い疼痛が持続し日常生活に著しい支障がある場合には、外科的治療(椎間板摘出術、内視鏡下手術など)の適応を検討します。
リハビリの視点
リハビリテーション専門職は、ラセーグ徴候陽性の患者に対して、疼痛管理と機能回復の両面からアプローチします。急性期には神経根への負担を最小限にする姿勢指導や動作指導が中心となり、痛みを増悪させない範囲での日常生活動作の工夫を提案します。
亜急性期から慢性期にかけては、体幹筋の安定性向上を目的とした運動療法が重要です。特にコアスタビリティトレーニングや、マッケンジー法などの理学療法アプローチが有効とされています。ただし、過度な前屈動作や回旋動作は避け、個々の症状や回復段階に応じた段階的なプログラムを設定します。
また、慢性疼痛に移行している場合には、認知行動療法的アプローチや恐怖回避思考への介入も必要です。痛みに対する過度な恐怖心が活動制限を助長し、さらなる機能低下を招く悪循環を断ち切るための心理教育や段階的な活動再開支援が求められます。
さらに、職場復帰や日常生活への復帰を見据えた動作指導、環境調整、作業姿勢の改善提案なども、リハビリテーション専門職の重要な役割です。
ひとことで言うと
ラセーグ徴候は、下肢伸展挙上によって神経根の伸張と疼痛が誘発される神経学的所見であり、腰椎椎間板ヘルニアなどの神経根障害を示唆する重要な臨床徴候です。リハビリテーションでは、疼痛管理と段階的な機能回復、日常生活動作の再獲得を支援する視点が不可欠です。
関連用語
坐骨神経痛
腰椎椎間板ヘルニア
神経根症
SLRテスト(下肢伸展挙上テスト)
交叉性ラセーグ徴候
Bragard徴候
馬尾症候群
L5神経根
S1神経根
放散痛
参考文献
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