横隔膜呼吸とは
横隔膜呼吸(diaphragmatic breathing)とは、横隔膜の収縮と弛緩を主体として行う呼吸法で、吸気時に横隔膜が下降して腹部が膨らむことから腹式呼吸とも呼ばれます。呼吸リハビリテーションの中心的手技とされ、異常な胸郭運動を矯正し、呼吸仕事量と呼吸困難感を軽減し、換気の再分布を改善します。胸式呼吸の過剰や補助呼吸筋への依存を減らし、少ない力で効率よく換気することを目的とするため、慢性呼吸器疾患・神経疾患・術後管理など幅広い場面で実践される基本技術です。
どこでみるのか
呼吸器内科・整形外科・集中治療室・リハビリテーション科・訪問看護で中心となる手技です。臨床現場では、①COPD・間質性肺炎などの慢性呼吸不全の管理、②手術後の疼痛を伴う深呼吸の指導、③脳卒中・脊髄損傷後の呼吸機能低下への対応、④長期臥床者の痰の出し方の指導、⑤ストレスや過呼吸への対処などの場面で横隔膜呼吸が問題となります。患者訴えは「息が吐きにくい」「息苦しい」「咳が続く」「少し動くと息切れする」などで、呼吸様式と姿勢・活動量との関係から指導内容を決める視点が求められます。
何をみているのか
着眼点は、①腹部膨隆(吸気時のお腹の動き)、②胸郭と腹部の動きの比(胸式優位か腹式優位か)、③呼吸数とリズム、④呼気時間の長さ、⑤補助呼吸筋の過剰使用(肩が上がる・首の筋の緊張)、⑥姿勢(背中の丸まり・腹部の緊張)、⑦口すぼめ呼吸との組み合わせ、⑧活動中の呼吸パターンの変化です。横隔膜はドーム状の筋で肋骨と腰椎・胸骨から起始し中心腱に集約するため、姿勢と腹部の状態が呼吸効率を大きく左右します。呼吸様式を全身の動きと合わせて読む視点が最重要です。
臨床でどうみるか
具体的には、仰向けに膝を立てた姿勢や楽な座位で、腹部に手を置かせて吸気時にお腹が持ち上がる感覚を確認します。セラピストは腹部に軽い抵抗を加えて横隔膜の活動を促し、呼気をゆっくり長く行うよう指導します。COPDの患者では口すぼめ呼吸と組み合わせて気道の虚脱を防ぎ、横隔膜をゆっくり大きく動かすことで肺の奥まで空気を取り込みます。必要に応じて超音波で横隔膜の動きを確認し、呼吸運動の効果を判断します。進行したCOPDでは腹式呼吸が効かない例もあり、効果を確認しながら進めることが大切です。
評価で何をみるか
横隔膜呼吸の評価では、動き・効率・習得度を確認します。
- 腹部膨隆 - 吸気時の動きの程度
- 胸腹の動きの比 - 腹式の割合
- 呼吸数・リズム - 過換気の有無
- 呼気時間 - 口すぼめの獲得度
- 補助呼吸筋 - 肩・首の緊張
- 横隔膜の動き - 超音波での評価
- 酸素飽和度・自覚症状 - 効果の確認
これらは相互に関連します。腹部の動きと補助呼吸筋の状態から呼吸様式を判断し、自覚症状と酸素飽和度で効果を確認することが、評価を正確にする核心です。
臨床でよく出る問題
横隔膜呼吸に関連して臨床で生じやすい問題は以下の通りです。
- 胸式呼吸への依存 - 補助呼吸筋の過剰使用
- 吸気のみの意識 - 呼気指導の不足
- 過換気・めまい - 深すぎる呼吸の実施
- 疼痛による浅い呼吸 - 術後の痰貯留
- 効果の個人差 - 重症例での不適合
- 日常生活への未定着 - 訓練場面のみの実施
これらは相互に影響します。疼痛や不安が呼吸を浅くし、浅い呼吸が痰貯留と呼吸困難を増幅する悪循環が生じます。過度な努力をさせず、感覚の手がかりを活用して定着させることが、問題整理の核心です。
起こりやすい要因
腹式呼吸が低下しやすい背景には以下があります。
- COPD・肺気腫 - 胸郭の過膨張
- 疼痛・術後侵襲 - 深い呼吸の回避
- 長期臥床・不活動 - 呼吸筋の低下
- 姿勢不良 - 胸郭の可動域低下
- 不安・ストレス - 浅く速い呼吸
- 脊髄損傷・神経筋疾患 - 横隔膜機能の低下
これらは重複して呼吸様式を悪化させます。胸郭の過膨張したCOPD患者では横隔膜が平坦化して腹式呼吸が得られにくく、疼痛例では防御的な浅い呼吸が定着します。疾患の状態と姿勢・心理面を組み合わせて捉えることが、病態判断の鍵です。
注意したい症状
横隔膜呼吸で対応すべき見逃せないサインがあります。
- 肩が上がる呼吸 - 補助呼吸筋の過剰
- 吸気時に腹部が陥没 - 奇異性運動
- めまい・手足のしびれ - 過換気の兆候
- 痰の出にくさ・湿性咳嗽 - 貯留の確認
- 安静時の息切れの増悪 - 換気効率の低下
- 夜間・労作時の呼吸困難 - 病態の変化
これらはさらに精査と早期対応に直結します。奇異性運動や安静時息切れの増悪は病態の変化を示唆するため訓練を中止して評価し直し、過換気の兆候では呼吸を休ませることが最重要です。自覚症状の変化を呼吸所見と合わせて追うことが、安全確保の基本です。
対応の基本
横隔膜呼吸への対応は、評価・指導・定着の三層で組みます。
- 呼吸様式の評価 - 動き・数・リズム
- 姿勢の設定 - 仰向け膝立て・座位前傾
- 手の感覚での指導 - 腹部膨隆の自覚
- 口すぼめ呼吸の併用 - 呼気の延長
- 活動への組み込み - 歩行・更衣での実践
- 効果の確認 - 症状・検査値の推移
横隔膜呼吸は方法を覚えるだけでなく日常生活で使えて初めて効果が出るため、感覚の手がかりと姿勢を工夫して定着させることが最重要です。効果を確認しながら無理なく続け、悪化時には中断して評価し直すことが、最も重要な実践です。
ひとことで言うと
横隔膜呼吸とは、横隔膜の動きを主体とした効率的な呼吸法で、腹式呼吸とも呼ばれます。呼吸様式を評価し、姿勢と感覚の手がかりを用いて日常生活に定着させることが基本です。
関連用語
- 横隔膜
- 腹式呼吸
- 口すぼめ呼吸
- 胸式呼吸
- 補助呼吸筋
- 呼吸リハビリテーション
- 呼吸筋
参考文献・出典
- 腹式呼吸(横隔膜呼吸)効果の検討(理学療法科学研究誌掲載論文)
- 呼吸リハビリテーションをやってみる(長崎県医師会)
- 慢性呼吸不全のリハビリテーション(健康長寿ネット)
- 慢性の呼吸器疾患患者さまへの理学療法(独立行政法人地域医療機能推進機構出手稲浜病院)
- 自宅でできる呼吸リハビリ(京石会)
- 上手に付き合う 効率の良い呼吸法を身につけよう!(一般社団法人日本ぜんそく・アレルギー学会)
関連記事
- 横隔神経とは
- 口すぼめ呼吸とは
- 呼吸リハビリテーションとは
- 慢性閉塞性肺疾患とは
- 呼吸筋トレーニングとは
- 胸郭とは
用語集へ戻る
『お』用語集へ戻る