人間作業モデル

人間作業モデルとは

人間作業モデル(Model of Human Occupation: MOHO)とは、作業療法の代表的な概念的実践モデルで、ゲイリー・キールホフナーらによって開発されました。人間を「意志」「習慣化」「遂行能力」の3つの内的要素と「環境」との相互作用によって作業行動が生じる存在として捉えます。「人はなぜ作業をするのか」「作業がどのように組織化されるのか」「作業遂行に影響する能力は何か」を体系的に説明し、クライエント中心の作業療法実践を支える理論的基盤です。20種類以上の標準化された評価ツール(COPM、AMPS、OSA等)を持ち、精神科、身体障害、高齢者、小児など幅広い領域で活用されています。

どこでみるのか

MOHOは作業療法の臨床場面全般で活用されます。評価場面では面接(興味関心・価値観・役割の聴取)、観察(作業遂行場面・ADL・IADL)、環境評価(自宅・職場・学校)で人と作業と環境の相互作用を包括的に観察します。介入場面では作業活動中のクライエントの意欲、習慣的なパターン、技能発揮の様子を確認し、環境調整の効果を評価します。クライエントの生活全体を見渡し、病院内だけでなく自宅訪問、職場訪問、地域活動参加場面など、実際の生活文脈(コンテクスト)の中で評価・介入を行うことが理想です。

何をみているのか

意志(Volition):作業に対する動機づけ、興味関心、価値観、個人的因果律(自己効力感)、作業への意味づけ。習慣化(Habituation):役割(母親・会社員・地域住民等)、習慣・ルーティン、内在化された期待。遂行能力(Performance Capacity):主観的経験、身体機能・認知機能、運動技能・プロセス技能・社会交流技能。環境(Environment):物理的環境(空間・道具・建築)、社会的環境(家族・友人・集団)、文化的環境(規範・価値観)、経済的環境。作業参加(Occupational Participation):作業への従事、作業遂行、作業適応の段階。これらの要素間のダイナミックな相互作用と、それが作業行動にどう影響するかを観察します。

臨床でどうみるか

まず初回面接でクライエントの作業歴(これまでやってきた作業・役割)、現在の生活パターン、興味関心、価値観、やりたいこと・困っていることを丁寧に聴取します。標準化評価としてCOPM(Canadian Occupational Performance Measure)を実施し、クライエントが重要と考える作業課題を特定し、現在の遂行度と満足度を10点満点で評価します。興味チェックリストや役割チェックリストで意志の側面を評価します。次に作業遂行場面を観察し、AMPS(Assessment of Motor and Process Skills)などで運動技能とプロセス技能を評価します。環境評価では自宅環境、社会資源、サポート体制を確認します。これらの情報を統合し、意志・習慣化・遂行能力・環境の各要素がどう相互作用して現在の作業参加の問題が生じているかを分析します。介入では、強みと課題を明確にし、クライエントと協働で目標設定し、意味ある作業を通じた介入計画を立案します。

評価で何をみるか

  • COPM(作業遂行と満足度の自己評価)
  • AMPS(運動技能・プロセス技能の客観的評価)
  • 興味チェックリスト(過去・現在・未来の興味)
  • 役割チェックリスト(過去・現在・未来の役割)
  • OSA(Occupational Self Assessment:作業の自己評価)
  • OPHI-II(Occupational Performance History Interview)
  • WEIS(Worker Environment Impact Scale:職場環境評価)
  • SCOPE(Short Child Occupational Profile:小児用)
  • OCAIRS(作業環境評価面接・評価尺度)
  • 意志の3要素(個人的因果律・価値観・興味)
  • 習慣化の評価(役割・習慣・ルーティン)
  • 遂行能力の評価(身体機能・認知機能・技能)
  • 環境の評価(物理的・社会的・文化的・経済的)
  • 作業参加のレベル(従事・遂行・適応)
  • 作業アイデンティティ(自分がどんな人か)
  • 作業コンピテンス(作業を遂行する能力)
  • QOL・生活満足度
  • 介入前後の変化(COPMの再評価)

臨床でよく出る問題

  • 意志の低下(興味関心の喪失・意欲低下・無気力)
  • 個人的因果律の低下(「自分にはできない」という無力感)
  • 価値観の喪失(「何が大切かわからない」)
  • 役割の喪失(退職・主婦役割の喪失等)
  • 習慣・ルーティンの崩壊(生活リズムの乱れ)
  • 遂行能力の低下(身体機能・認知機能障害)
  • 技能の障害(ADL・IADL遂行困難)
  • 環境との不適合(バリアのある環境・サポート不足)
  • 作業参加の制限(社会的孤立・引きこもり)
  • 作業アイデンティティの危機(「自分は何者か」の喪失)
  • 作業コンピテンスの低下(できることが減った)
  • 意味ある作業の欠如
  • クライエント中心のゴール設定困難

起こりやすい要因

疾患・障害による身体機能・認知機能の低下、急性期医療における受動的な役割(患者役割への固定)、入院や施設入所による生活環境の変化、役割の喪失(退職・障害による役割変化)、社会的孤立やサポートネットワークの欠如、文化的・経済的制約、長期入院による意志の低下(学習性無力感)、不適切な環境(バリアフル・刺激過多または過少)、医療者主導の目標設定(クライエントの意志が反映されない)、作業の意味や価値の見失い、習慣・ルーティンの中断などが、作業参加の問題を引き起こします。

注意したい症状

重度の無気力や意欲低下(うつ病の可能性)、自殺念慮や希死念慮、急激な認知機能低下や意識障害、幻覚・妄想などの精神症状の悪化、強い不安や恐怖による作業拒否、社会的引きこもりの深刻化、自傷行為や他害行為、極度の疲労や身体症状の悪化、栄養状態の悪化や自己管理能力の著しい低下などは、速やかに医師や多職種チームへ報告し、医学的介入や包括的支援が必要です。

対応の基本

MOHOに基づく介入は「クライエント中心」「作業に焦点を当てる」「環境を考慮する」が基本です。まずCOPMなどでクライエントが大切にしている作業や困っている作業を特定し、クライエントと協働で目標設定します。意志への介入では、興味を引き出す作業の提供、成功体験を積み重ねることで個人的因果律(自己効力感)を高める、作業の意味や価値を再発見する支援を行います。習慣化への介入では、新しい役割の獲得支援(ボランティア・趣味活動等)、日課・ルーティンの再構築、時間管理や計画立案のスキル獲得を支援します。遂行能力への介入では、技能訓練(ADL・IADL・仕事関連スキル)、代償手段の獲得、身体機能・認知機能への直接的アプローチを行います。環境への介入では、物理的環境の調整(バリアフリー化・道具の工夫)、社会的サポートの構築(家族支援・ピアサポート・地域資源活用)、文化的・経済的制約への配慮を行います。定期的にCOPMを再評価し、遂行度と満足度の変化を確認します。

リハビリの視点

MOHOは「人間を全体として捉える」視点を提供します。身体機能訓練だけでなく、その人の興味・価値観・役割・生活環境を包括的に理解し、意味ある作業を通じて介入することが作業療法の専門性です。クライエントは「治療される対象」ではなく、「自分の人生の主人公」であり、セラピストは協働者としてクライエントの作業参加を支援します。「何ができないか」より「何をしたいか」「何が大切か」に焦点を当て、クライエントの強みを活かします。環境は単なる背景ではなく、作業遂行を促進または阻害する重要な要素であり、環境調整は極めて有効な介入です。長期的には、クライエントが自分らしい生活を取り戻し、作業を通じて社会参加し、QOLを高めることが目標です。MOHOは理論だけでなく、豊富な評価ツールと実践ガイドを提供しており、エビデンスに基づいた作業療法実践を可能にします。臨床家はMOHOを学び続け、理論と実践を統合する力を養うことが求められます。

ひとことで言うと

人間作業モデルは意志・習慣化・遂行能力・環境の相互作用から作業行動を捉え、クライエント中心の作業療法実践を支える理論です。

関連用語

  • 意志(Volition)
  • 習慣化(Habituation)
  • 遂行能力(Performance Capacity)
  • 環境(Environment)
  • 作業参加(Occupational Participation)
  • 個人的因果律
  • 作業アイデンティティ
  • 作業コンピテンス
  • COPM
  • AMPS
  • OSA
  • クライエント中心
  • 作業に焦点を当てた実践
  • 概念的実践モデル
  • キールホフナー

参考文献

関連記事

  • COPM(カナダ作業遂行測定)の使い方と再評価
  • AMPS評価の実践:運動技能とプロセス技能の観察
  • 意志を引き出す作業療法:興味と価値観のアセスメント
  • 役割の喪失と獲得:習慣化への介入戦略
  • 環境調整の実践:物理的・社会的環境へのアプローチ
  • クライエント中心の作業療法とMOHOの統合

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