対麻痺とは
対麻痺とは、両下肢の運動・感覚機能が障害された状態です。英語では paraplegia と呼ばれます。
ポイントは、四肢麻痺(tetraplegia/quadriplegia)とは区別して考えることです。対麻痺は主に胸髄・腰髄・仙髄レベルの脊髄損傷によって生じ、上肢機能は保たれます。損傷レベルによって、体幹機能、残存筋、膀胱直腸障害、性機能障害の程度が異なります。また、完全麻痺と不全麻痺では予後や自立度が大きく異なります。つまり「下半身が動かない」だけでなく、損傷レベルと完全性が生活機能を決定する重要な所見です。
どこでみるのか
整形外科、リハビリテーション科、脊椎外科、救急科、脊髄損傷センターでよくみます。患者さんの訴えとしては、「両足が動かない」「立てない」「感覚がない」「尿が出ない」「排便コントロールができない」「下半身に力が入らない」といった形で出会うことがあります。
また、外傷性脊髄損傷(交通外傷、転落、スポーツ外傷)、非外傷性脊髄損傷(脊髄腫瘍、脊髄炎、脊髄梗塞、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症の急性増悪)、二分脊椎などでは、対麻痺の評価とリハビリが中心となります。特に、受傷直後の急性期から慢性期、社会復帰に至るまで、長期的な視点でのリハビリテーションが必要です。
何をみているのか
対麻痺でみているのは、単に「動くか動かないか」ではなく、神経学的損傷レベル、完全性(完全麻痺/不全麻痺)、残存機能、二次的合併症、生活機能、社会参加の可能性です。ASIA(American Spinal Injury Association)機能評価尺度を用いて、運動・感覚レベル、AIS(ASIA Impairment Scale)を標準的に評価します。
そのため、評価では「どこまで動くか」「どこまで感じるか」「膀胱直腸機能はどうか」「自立度はどこまで望めるか」「どのような装具・車椅子が必要か」を統合的にみることが重要です。ここを見逃すと、リハビリゴールの設定や環境調整、社会復帰支援が不適切になります。
臨床でどうみるか
臨床ではまず、受傷機転、発症時期、損傷レベル(画像所見と神経学的所見の対応)、完全性、脊髄ショックの有無、合併損傷を確認します。そのうえで、ASIA評価による運動・感覚スコア、筋力(MMT)、深部腱反射、病的反射、膀胱直腸機能、痙縮、褥瘡リスク、ADL能力を評価します。
対麻痺は、受傷直後は脊髄ショックで弛緩性麻痺を呈し、数週〜数ヶ月後に痙性麻痺へ移行します。不全麻痺では運動・感覚の部分的回復が期待できますが、完全麻痺では残存機能を最大限活用したリハビリが中心となります。つまり、時期と完全性を見極めることが臨床上のコツです。
評価で何をみるか
- ASIA運動スコア(下肢主要筋5段階評価)
- ASIA感覚スコア(dermatomeごとの触覚・痛覚)
- 神経学的損傷レベル(neurological level of injury: NLI)
- AIS分類(A:完全麻痺、B〜E:不全麻痺)
- 筋力(MMT)、特に股関節屈曲、膝伸展、足関節背屈
- 深部腱反射、病的反射(バビンスキー、クローヌス)
- 痙縮の程度(Modified Ashworth Scale)
- 膀胱機能(排尿方法、残尿、尿路感染)
- 直腸機能(排便方法、便秘、失禁)
- 褥瘡の有無とリスク評価
- ADL評価(FIM、Spinal Cord Independence Measure: SCIM)
- 車椅子操作能力、移乗動作
- 呼吸機能(高位胸髄損傷では呼吸筋麻痺)
- 心理的評価(抑うつ、不安、受容)
臨床でよく出る問題
- 移動が車椅子に限定される
- 移乗動作が自立しない
- 褥瘡が発生・再発する
- 尿路感染を繰り返す
- 排便コントロールが困難
- 痙縮が強く、姿勢保持やADLを妨げる
- 起立性低血圧が起こりやすい
- 異所性骨化が生じる
- 関節拘縮が進行する
- 抑うつ、不安、社会復帰への不安
対麻痺は、運動・感覚障害だけでなく、自律神経障害、膀胱直腸障害、二次的合併症が生活の質を大きく左右します。だからこそ、包括的なリハビリと長期的なフォローアップが必要です。
起こりやすい要因
対麻痺は、主に胸髄・腰髄・仙髄レベルの脊髄損傷によって起こります。代表的な要因は次の通りです。
- 外傷性:交通事故、転落、スポーツ外傷(特にダイビング、バイク事故)
- 脊椎骨折・脱臼(胸腰椎移行部が多い)
- 脊髄腫瘍(髄内腫瘍、髄外腫瘍)
- 脊髄炎(ウイルス性、自己免疫性、多発性硬化症)
- 脊髄梗塞(大動脈疾患、手術後)
- 椎間板ヘルニア(巨大ヘルニア、馬尾症候群)
- 脊柱管狭窄症の急性増悪
- 二分脊椎、脊髄係留症候群
- 脊髄空洞症
- 医原性(脊椎手術後、脊髄造影後)
たとえば、T12〜L1レベル(胸腰椎移行部)は解剖学的に脆弱で、外傷性脊髄損傷の好発部位です。損傷レベルが低いほど残存機能が多く、自立度も高くなります。つまり「どこが損傷されたか」が予後を決定します。
注意したい症状
- 受傷直後の呼吸困難(高位胸髄損傷)
- 神経原性ショック(低血圧、徐脈)
- 自律神経過反射(発汗、頭痛、高血圧、徐脈)
- 急速に進行する麻痺
- 膀胱直腸障害の急激な出現
- サドル麻痺(馬尾症候群)
- 高熱、尿路感染の悪化
- 褥瘡の急速な悪化、壊死
- 深部静脈血栓症(DVT)、肺塞栓症
- 重度の痙縮、疼痛(神経因性疼痛)
このような場合は、急性期脊髄損傷、馬尾症候群、自律神経過反射、重症感染症、血栓塞栓症などの緊急対応が必要です。特に受傷後48時間以内の脊髄ショック期、自律神経過反射は生命を脅かす可能性があり、速やかな専門的治療が重要です。
対応の基本
対応の基本は、まず急性期の脊髄保護と二次損傷予防、早期リハビリ開始です。急性期では脊椎固定、薬物療法(ステロイドは議論あり)、全身管理が中心で、回復期以降は残存機能の最大化と社会復帰支援が中心になります。
- 急性期:脊椎固定(手術/保存)、全身管理、呼吸管理、循環管理
- 関節可動域訓練(拘縮予防)
- 残存筋の筋力強化(体幹、上肢、残存下肢筋)
- 起立訓練(tilt table、起立台)
- 車椅子駆動訓練、移乗訓練
- 装具を用いた立位・歩行訓練(不全麻痺、低位損傷)
- ADL訓練(更衣、整容、移動、排泄管理)
- 膀胱管理(間欠導尿、自己導尿訓練)
- 排便管理(摘便、浣腸、内服調整)
- 褥瘡予防(体圧分散、ポジショニング、プッシュアップ)
- 痙縮管理(内服、ボトックス、バクロフェン髄注)
- 心理的サポート、ピアカウンセリング
- 環境調整、住宅改修、職業リハビリ
リハビリでは、損傷レベルと完全性に応じた現実的なゴール設定が重要です。完全麻痺では車椅子生活を前提としたADL自立を目指し、不全麻痺では歩行能力の最大化を図ります。
リハビリの視点
リハビリでは、対麻痺を「どう残存機能を活かすか」「どう二次障害を予防するか」「どう生活の質を高めるか」という視点が重要です。対麻痺者のリハビリは、急性期から生涯にわたる長期的なプロセスであり、身体機能だけでなく、心理的適応、社会参加、介護者支援まで含まれます。
損傷レベルが高いほど(高位胸髄)、体幹機能が低下し、車椅子操作や移乗が困難になります。逆に、腰髄・仙髄レベルでは、装具を用いた歩行が可能な場合もあります。不全麻痺では、集中的な歩行訓練、ロボットリハビリ、機能的電気刺激(FES)などで運動機能の改善が期待できます。
また、対麻痺者は上肢機能が保たれているため、車椅子スポーツ、就労、自動車運転など、社会参加の可能性が高く、リハビリゴールも「社会復帰」を明確に見据えることが重要です。
ひとことで言うと
対麻痺とは、胸髄以下の脊髄損傷により両下肢の運動・感覚機能が障害された状態で、損傷レベルと完全性が生活機能を決定します。
関連用語
- 脊髄損傷(spinal cord injury: SCI)
- 四肢麻痺(tetraplegia/quadriplegia)
- ASIA評価
- AIS分類
- 完全麻痺・不全麻痺
- 神経学的損傷レベル(NLI)
- 脊髄ショック
- 痙性麻痺
- 自律神経過反射
- 神経因性膀胱
- 褥瘡
- SCIM(Spinal Cord Independence Measure)
参考文献
- PMC: Rehabilitation of spinal cord injuries
- ScienceDirect: Physiotherapy rehabilitation for people with spinal cord injuries
- Flint Rehab: Physical Therapy for Paraplegia: Goals and Exercises
- 脊髄損傷患者の状態を把握する評価方法
- J-STAGE: 脊髄損傷者に対するリハビリテーション
- ScienceDirect: Physiotherapy management of people with spinal cord injuries
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