末梢神経麻痺とは
末梢神経麻痺(Peripheral Nerve Palsy)とは、脊髄から分岐して全身に分布する末梢神経が、外傷、圧迫、炎症、虚血などの原因により障害され、その神経が支配する領域の運動機能、感覚機能、自律神経機能が低下または消失した状態を指します。代表的なものに、橈骨神経麻痺、尺骨神経麻痺、正中神経麻痺、腓骨神経麻痺、顔面神経麻痺などがあり、それぞれ特徴的な症状パターンを示します。損傷の程度により、神経の連続性が保たれる神経障害(neurapraxia、axonotmesis)から、神経が完全に断裂するneurotmesisまで分類され、予後が大きく異なります。
どこでみるのか
末梢神経麻痺の評価では、障害された神経の走行と支配領域を中心に観察します。運動神経の障害では、支配筋の筋萎縮、筋力低下、筋緊張の低下を確認します。感覚神経の障害では、神経の支配領域に一致した感覚低下や異常感覚を評価します。自律神経の障害では、発汗異常、皮膚温の変化、皮膚の乾燥や色調変化を観察します。また、神経絞扼部位(手根管、肘部管、腓骨頭など)の圧痛や肥厚、Tinel徴候(神経を叩打すると支配領域に放散痛が生じる)の有無を確認します。さらに、頸椎や腰椎の可動域制限、姿勢異常なども評価し、神経根障害との鑑別を行います。
何をみているのか
末梢神経麻痺では、運動麻痺の程度と分布、感覚障害のパターン、自律神経機能の異常を評価します。運動麻痺は徒手筋力テスト(MMT)で定量化し、0(筋収縮なし)から5(正常)までの6段階で評価します。感覚障害は、触覚、痛覚、温度覚、振動覚、位置覚を検査し、障害の程度と分布を確認します。電気生理学的検査(神経伝導速度、筋電図)により、障害部位の特定、障害の程度、脱神経の有無、回復の徴候を客観的に評価します。機能面では、ADL動作への影響、巧緻動作の障害、歩行障害の程度を確認します。また、疼痛や異常感覚の有無と程度も重要な評価項目です。
臨床でどうみるか
問診では、発症時期、発症様式(急性か緩徐か)、誘因(外傷、手術、長時間の圧迫など)、症状の経過を詳細に聴取します。職業、趣味、日常動作の特徴も神経障害の原因を推測する手がかりとなります。身体診察では、視診で筋萎縮や変形を確認し、触診で筋緊張や圧痛を評価します。代表的な麻痺の特徴を確認します。橈骨神経麻痺では下垂手(wrist drop)、尺骨神経麻痺では鷲手変形(claw hand)、正中神経麻痺では猿手変形(ape hand)、腓骨神経麻痺では下垂足(foot drop)が見られます。神経伸展テスト(straight leg raising test、upper limb tension testなど)で神経の緊張や圧迫を評価します。電気生理学的検査は診断確定と予後予測に不可欠です。画像検査(MRI、超音波)で神経の腫脹、圧迫、断裂を確認することもあります。
評価で何をみるか
- 徒手筋力テスト(MMT):各支配筋の筋力を0~5段階で評価
- 感覚検査:触覚、痛覚、温度覚、二点識別覚、Semmes-Weinstein monofilament test
- 神経伝導速度検査(NCS):運動神経伝導速度、感覚神経伝導速度、潜時、振幅
- 筋電図(EMG):脱神経所見(線維自発電位、陽性鋭波)、再神経支配の徴候
- Tinel徴候:神経叩打による放散痛の誘発
- Phalen test:手根管症候群の誘発テスト(手関節屈曲位保持)
- Froment徴候:母指内転筋麻痺(尺骨神経)の評価
- 可動域測定(ROM):関節拘縮の有無と程度
- 巧緻動作評価:Simple Test for Evaluating Hand Function(STEF)、Nine Hole Peg Test
- 歩行評価:10m歩行テスト、歩容の観察、装具の必要性評価
- ADL評価:Barthel Index、FIM、DASH(上肢機能)
- 疼痛評価:VAS、NRS、Neuropathic Pain Symptom Inventory
- 画像検査:MRI(神経の腫脹、圧迫)、超音波(神経横断面積の測定)
臨床でよく出る問題
回復の遅延や不完全な回復が最も多い問題です。軸索損傷の場合、神経再生速度は1日約1mmと遅く、完全回復には数ヶ月から数年を要します。神経断裂では自然回復は期待できず、手術適応の判断が重要です。二次的な関節拘縮や筋萎縮も問題となります。長期の麻痺により、関節が固まり、筋肉が萎縮すると、神経が回復しても機能回復が困難になります。神経障害性疼痛(しびれ、灼熱痛、電撃痛)は、QOLを著しく低下させます。複合性局所疼痛症候群(CRPS)を合併すると、治療が難航します。手根管症候群や肘部管症候群などの絞扼性神経障害では、診断の遅れにより不可逆的な神経損傷が生じることがあります。心理的問題として、機能障害による抑うつ、不安、職業への影響も重要です。
起こりやすい要因
外傷が最も多い原因です。骨折、脱臼、打撲、切創などにより神経が直接損傷されます。橈骨神経は上腕骨骨折、尺骨神経は肘関節脱臼、腓骨神経は膝周囲の外傷で損傷されやすい傾向があります。圧迫も重要な原因で、長時間の不良姿勢(土曜日の夜麻痺:飲酒後の橈骨神経麻痺)、ギプス固定、手術中の体位などで生じます。絞扼性神経障害では、手根管症候群(正中神経)、肘部管症候群(尺骨神経)、足根管症候群(脛骨神経)などがあり、解剖学的に神経が狭い通路を通る部位で発生します。反復動作や職業的要因も関与します。糖尿病は末梢神経障害の重要な原因であり、複数の神経が障害される多発神経炎を呈します。その他、感染症(ライム病、帯状疱疹)、自己免疫疾患(ギラン・バレー症候群)、腫瘍、医原性(注射、手術)なども原因となります。
注意したい症状
急速に進行する筋力低下は、ギラン・バレー症候群などの急性疾患を示唆し、緊急対応が必要です。呼吸筋麻痺を伴う場合は生命に関わります。外傷後の神経麻痺で、感覚が完全に消失している場合や、筋肉が全く動かない場合は、神経断裂の可能性があり、早期の手術適応を検討します。複数の神経が同時に障害される場合、全身性疾患(糖尿病、血管炎、悪性腫瘍など)を疑います。激しい神経痛を伴う場合、神経の炎症や部分損傷が考えられます。手指の冷感、チアノーゼ、浮腫を伴う場合、CRPSの発症を疑います。麻痺の出現とともに褥瘡や凍傷が生じやすくなるため、皮膚の観察も重要です。
対応の基本
治療の原則は、原因の除去、神経回復の促進、二次障害の予防です。圧迫性の場合は圧迫の解除が最優先です。手根管症候群や肘部管症候群では、保存療法(安静、装具、ステロイド注射)で改善しない場合、神経除圧術を行います。外傷性神経損傷では、完全断裂の場合は神経縫合術や神経移植術を検討します。薬物療法として、神経障害性疼痛にはプレガバリン、デュロキセチン、アミトリプチリンなどを使用します。ビタミンB12は神経再生を促進する可能性があります。装具療法は機能的肢位の保持と関節拘縮の予防に重要です。下垂手には手関節背屈位保持装具、下垂足には短下肢装具(AFO)を使用します。運動療法では、麻痺筋の自動運動が不可能な時期には他動運動と電気刺激療法で筋萎縮を予防し、回復期には筋力強化訓練を段階的に行います。作業療法では、ADL動作訓練、代償動作の習得、自助具の使用により、日常生活の自立を促進します。
リハビリの視点
リハビリテーションでは、神経回復の促進、機能代償の獲得、二次障害の予防を目指します。急性期には、良肢位保持と関節可動域訓練により拘縮を予防します。麻痺筋に対する電気刺激療法(低周波治療、機能的電気刺激)は、筋萎縮の予防と神経再生の促進に有用です。回復期には、随意運動が出現した段階で積極的な筋力強化を開始します。神経再生速度は遅いため、長期的視点でのリハビリ計画が必要です。感覚再教育も重要で、触覚識別訓練により感覚の質的向上を図ります。巧緻動作訓練では、ペグボード、折り紙、書字動作などを段階的に実施します。歩行訓練では、装具を使用しながら安全な歩行パターンを確立します。患者教育では、回復の見通し、自己管理の方法、皮膚保護の重要性を説明します。感覚低下部位は熱傷や外傷のリスクが高いため、日常生活での注意点を指導します。職業復帰支援では、作業動作の分析と環境調整、必要に応じた配置転換の相談も行います。心理的サポートも重要で、不安や焦りに対して適切な情報提供と励ましを行います。回復が不十分な場合には、腱移行術などの再建手術を検討し、術後のリハビリテーションを計画します。
ひとことで言うと
末梢神経麻痺は、外傷や圧迫などにより末梢神経が障害され、その支配領域の運動・感覚・自律神経機能が低下する病態であり、早期診断と適切なリハビリテーションが機能回復の鍵となります。
関連用語
- 橈骨神経麻痺(Radial Nerve Palsy)
- 尺骨神経麻痺(Ulnar Nerve Palsy)
- 正中神経麻痺(Median Nerve Palsy)
- 腓骨神経麻痺(Peroneal Nerve Palsy)
- 手根管症候群(Carpal Tunnel Syndrome)
- 肘部管症候群(Cubital Tunnel Syndrome)
- Tinel徴候(Tinel Sign)
- 下垂手(Wrist Drop)
- 下垂足(Foot Drop)
- 神経伝導速度検査(Nerve Conduction Study)
- 筋電図(Electromyography: EMG)
- 神経再生(Nerve Regeneration)
- 腱移行術(Tendon Transfer)
- 複合性局所疼痛症候群(CRPS)
- 神経障害性疼痛(Neuropathic Pain)
参考文献
関連記事
- 手根管症候群の診断と治療
- 橈骨神経麻痺のリハビリテーション
- 下垂足に対する装具療法
- 神経障害性疼痛の評価と対応
- 腱移行術後のリハビリテーション
- 電気刺激療法の臨床応用
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