椎骨動脈とは
椎骨動脈とは、左右の鎖骨下動脈から分岐し、頸椎横突孔を通って脳底部へ血液を供給する動脈です。英語では vertebral artery (VA) と呼ばれます。
ポイントは、内頸動脈(internal carotid artery)とともに脳への主要血流路を形成することです。椎骨動脈は、第6頸椎(C6)から第1頸椎(C1)までの横突孔を通過し、大後頭孔を経て頭蓋内に入り、左右が合流して脳底動脈(basilar artery)を形成します。この椎骨脳底動脈系(vertebrobasilar system)は、脳幹、小脳、後頭葉、脊髄への血流を担い、全脳血流の約20%を供給します。つまり「首を通る脳への重要な血管」であり、頸部の動きや圧迫によって血流障害を起こしうる重要な解剖学的構造です。
どこでみるのか
リハビリテーション科、整形外科、神経内科、脳神経外科、めまい外来でよくみます。患者さんの訴えとしては、「首を動かすとめまいがする」「ふらつく」「視界がぼやける」「吐き気がする」「首を回すと気分が悪い」「一過性の意識消失があった」といった形で出会うことがあります。
また、頸部徒手療法前のスクリーニング、頸椎疾患の評価、高齢者のめまい評価、脳血管障害のリスク評価などで、椎骨動脈の評価が重要です。特に、頸椎のマニピュレーション(モビリゼーション)を行う前には、椎骨動脈機能不全(vertebrobasilar insufficiency: VBI)のスクリーニングが必須です。
何をみているのか
椎骨動脈でみているのは、単に「血管がある」だけでなく、血流の十分性、頸部運動による血流変化、動脈解離のリスク、椎骨脳底動脈循環不全の徴候、徒手療法の安全性です。椎骨動脈は頸椎の回旋・伸展で圧迫・伸張され、血流が変化します。
そのため、評価では「頸部運動で症状が誘発されるか」「椎骨脳底動脈循環不全の5Ds&3Nsがあるか」「動脈解離のリスクはあるか」「徒手療法は安全か」を統合的にみることが重要です。ここを見逃すと、重大な脳血管障害を引き起こすリスクがあります。
臨床でどうみるか
臨床ではまず、問診でめまい、ふらつき、視覚障害、嚥下障害、構音障害、四肢の感覚運動障害などの椎骨脳底動脈循環不全症状(5Ds & 3Ns)の有無を確認します。そのうえで、Extension-Rotation Test、Sustained Rotation Test、De Kleynテストなどの椎骨動脈テストを実施し、症状誘発の有無を評価します。
椎骨動脈機能不全は、頸部の伸展・回旋で椎骨動脈が圧迫・伸張され、一過性の脳虚血症状を呈します。また、椎骨動脈解離(vertebral artery dissection)は、外傷や強い頸部運動後に発症し、頭痛、頸部痛、神経症状を引き起こします。つまり、頸部運動と症状の関連を見極めることが臨床上のコツです。
評価で何をみるか
- 5Ds & 3Ns(椎骨脳底動脈循環不全の症状):Dizziness(めまい)、Drop attacks(失立発作)、Diplopia(複視)、Dysarthria(構音障害)、Dysphagia(嚥下障害)、Nausea(悪心)、Numbness(しびれ)、Nystagmus(眼振)
- Extension-Rotation Test(伸展・回旋で症状誘発)
- Sustained Rotation Test(持続回旋で症状誘発)
- De Kleynテスト(臥位での伸展・回旋)
- 動脈解離のリスク因子(外傷歴、強い頸部運動、結合組織疾患)
- 頸部痛の性質(突然の激痛、後頭部痛)
- 神経学的所見(脳神経症状、小脳症状、錐体路徴候)
- 眼振の有無と方向
- 血圧、脈拍、血管雑音
- 既往歴(脳血管障害、動脈硬化、高血圧、糖尿病)
- 画像評価(MRA、CTA、超音波ドップラー)
- 徒手療法前のスクリーニング(禁忌の判断)
臨床でよく出る問題
- 頸部運動時のめまい、ふらつき
- 一過性の視覚障害(霧視、複視)
- 頸部の激しい痛み(動脈解離疑い)
- 徒手療法中・後の症状悪化
- 一過性脳虚血発作(TIA)様症状
- 姿勢変換時の失立発作
- 嚥下困難、構音障害
- 小脳症状(運動失調、測定障害)
- 後頭部痛の持続
- 徒手療法の安全性への不安
椎骨動脈の問題は、一過性の症状から重篤な脳梗塞まで幅広く、見逃すと生命に関わります。だからこそ、適切なスクリーニングと慎重な対応が必要です。
起こりやすい要因
椎骨動脈の血流障害や損傷は、機械的圧迫、動脈硬化、解離によって起こります。代表的な要因は次の通りです。
- 頸椎の過度な伸展・回旋(横突孔での圧迫)
- 頸椎症、骨棘形成による圧迫
- 動脈硬化(加齢、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙)
- 椎骨動脈の解剖学的変異(低位進入、蛇行)
- 外傷(頸部過伸展、むち打ち損傷)
- 強い頸部マニピュレーション
- 椎骨動脈解離(自然発症、外傷性)
- 結合組織疾患(Ehlers-Danlos症候群、Marfan症候群)
- 線維筋性異形成
- 第1・第2頸椎の不安定性
たとえば、頸部回旋では同側の椎骨動脈が最大50%狭窄されると報告されています。高齢者や動脈硬化がある場合、代償的血流が不十分で症状が出やすくなります。つまり「頸部運動と血管の脆弱性」が血流障害リスクを高めます。
注意したい症状
- 突然の激しい後頭部痛、頸部痛(動脈解離)
- 頸部運動後の神経症状(脳梗塞)
- Wallenberg症候群(延髄外側症候群)の症状
- 意識消失、失神
- 進行性の神経症状
- 両側性の視覚障害
- 四肢の脱力、運動失調
- 呼吸障害、嚥下障害の急速な進行
- Horner症候群(縮瞳、眼瞼下垂、発汗低下)
- 徒手療法後の症状出現
このような場合は、椎骨動脈解離、脳梗塞、一過性脳虚血発作(TIA)、脳幹梗塞などを考える必要があります。特に動脈解離や急性脳梗塞は時間との勝負であり、速やかな救急搬送と専門医への紹介が重要です。
対応の基本
対応の基本は、まずリスク評価とスクリーニングを徹底し、症状誘発を避けることです。椎骨脳底動脈循環不全が疑われる場合は、徒手療法の禁忌または慎重適応となります。
- 問診で5Ds & 3Nsの有無を確認
- 椎骨動脈テスト(Extension-Rotation Test等)の実施
- 陽性の場合:徒手療法の禁忌、専門医への紹介
- リスク因子の管理(血圧、血糖、脂質、禁煙)
- 過度な頸部伸展・回旋の回避
- 頸部の安定化訓練(過度な運動は避ける)
- 姿勢指導(極端な頸部姿勢の回避)
- 抗血小板療法、抗凝固療法(医師の判断)
- 画像評価(MRA、CTA)で血管の評価
- 動脈解離疑い:緊急搬送、安静、専門医治療
- リハビリ中の症状出現:即座に中止、バイタル確認、医師連絡
- 患者教育:症状出現時の対応、危険な動作の理解
リハビリでは、椎骨動脈のリスクを常に念頭に置き、安全第一の介入が原則です。特に高齢者、動脈硬化のある患者への頸部徒手療法は慎重に判断します。
リハビリの視点
リハビリでは、椎骨動脈を「どう安全に評価するか」「どうリスクを回避するか」「どう患者を守るか」という視点が重要です。椎骨動脈は頸部運動に伴って血流が変化する動的な構造であり、特に高齢者、動脈硬化例では血流予備能が低下しています。
頸部徒手療法(特にマニピュレーション)は、稀に椎骨動脈解離や脳梗塞を引き起こすリスクがあるため、実施前のスクリーニングは必須です。5Ds & 3Nsの問診、椎骨動脈テストの実施、リスク因子の確認を徹底し、陽性の場合は徒手療法を避けるか、非常に慎重に実施します。
また、患者自身にも「首を急に回さない」「極端な姿勢を避ける」といった教育が重要です。リハビリの目的は機能改善ですが、その前提として「安全性の確保」が最優先されます。椎骨動脈の評価は、リハビリテーション医療におけるリスク管理の基本です。
ひとことで言うと
椎骨動脈とは、頸椎横突孔を通って脳底部へ血流を供給する動脈で、頸部運動による血流変化とリスク評価が臨床上重要です。
関連用語
- 椎骨脳底動脈循環不全(vertebrobasilar insufficiency: VBI)
- 椎骨動脈解離(vertebral artery dissection)
- 脳底動脈(basilar artery)
- 5Ds & 3Ns
- Extension-Rotation Test
- De Kleynテスト
- Wallenberg症候群(延髄外側症候群)
- 横突孔(transverse foramen)
- 頸部徒手療法
- 一過性脳虚血発作(TIA)
- 後頭葉梗塞
- 小脳梗塞
参考文献
- Cleveland Clinic: Vertebral Artery: What Is It, Location, Anatomy and Function
- PMC: The Vertebral Artery: A Systematic Review and a Meta-Analysis
- NCBI Bookshelf: Vertebrobasilar Insufficiency
- JOSPT: Clinical Diagnosis of Vertebrobasilar Insufficiency
- APTA: Cervical Arterial Dysfunction (CAD) Assessment
- Radiopaedia: Vertebral artery
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