脳梗塞とは
脳梗塞(Cerebral Infarction) は、脳血管の閉塞により脳組織への血流が途絶え、神経細胞が不可逆的な壊死に陥る疾患です。脳卒中全体の約75~80%を占め、日本では年間約30万人が新規発症し、有病者数は約300万人に達します。発症後の時間経過が予後を大きく左右し、特に発症から4.5時間以内の血栓溶解療法、24時間以内の血管内治療が転帰を劇的に改善するため、「Time is Brain(時は脳なり)」の原則に基づく超急性期対応が求められます。病型は心原性脳塞栓症(約30%)、アテローム血栓性脳梗塞(約35%)、ラクナ梗塞(約30%)、その他(約5%)に分類され、各病型で治療戦略と予後が異なります。脳梗塞は死亡・寝たきりの主要原因であり、生存者の約30~40%に中等度以上のADL障害が残存するため、急性期治療と並行した早期リハビリテーション、包括的な二次予防が不可欠です。
どこでみるのか
脳梗塞は救急外来、脳卒中集中治療室(SCU)、神経内科病棟、回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟、外来通院、在宅医療の場で遭遇します。超急性期は救急搬送されたER・SCUで「突然動けなくなった」「ろれつが回らない」「片方の手足がしびれて力が入らない」「視野の半分が見えない」「激しいめまいと嘔吐」という主訴を呈します。回復期病棟では「麻痺した手足が思うように動かない」「言葉が出にくい」「飲み込みにくい」「立ち上がれない」といった機能障害の訴えが中心となり、維持期・生活期では「階段が怖い」「疲れやすい」「もう一度発作が起きないか不安」「薬を飲み続けるのが大変」といった生活上の困難や心理的負担が前面に出ます。
何をみているのか
脳梗塞の評価では、閉塞血管の部位・範囲・病型・発症時刻を特定し、救済可能な脳組織(ペナンブラ)の存在と再開通療法の適応を迅速に判断します。神経学的には運動麻痺・感覚障害・高次脳機能障害・脳神経障害・意識レベルの程度と分布を観察し、障害部位を推定します。画像診断ではCT/MRIで梗塞巣・出血の有無・血管閉塞部位を確認し、DWI/PWIミスマッチでペナンブラを評価します。さらに全身状態(呼吸・循環・嚥下・栄養)、合併症リスク(誤嚥性肺炎・深部静脈血栓症・褥瘡・感染症)、ADL・QOL、再発リスク因子(高血圧・糖尿病・心房細動・脂質異常・喫煙)、心理社会的背景(認知機能・うつ・家族支援・社会資源)を包括的に把握します。
臨床でどうみるか
脳梗塞の臨床評価は時間との闘いです。まずFAST(Face腕Speech時間) やCPSS(Cincinnati Prehospital Stroke Scale) で疑い例をスクリーニングし、来院後直ちにNIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale、0~42点)で重症度を定量化します。NIHSSは意識・視野・顔面麻痺・上下肢運動・感覚・失語・構音障害・注意の11項目を評価し、0~4点=軽症、5~15点=中等症、16~20点=中等~重症、21点以上=重症と分類します。画像検査では非造影CTで出血除外とASPECTS(Alberta Stroke Program Early CT Score)で早期虚血変化を評価し、MRI‑DWIで超急性期梗塞を検出、MRA/CTAで閉塞血管を同定します。心電図・心エコーで心原性塞栓源を検索し、頸動脈エコー・MRAで頭頸部血管狭窄を評価します。血液検査では血算・凝固系・血糖・脂質・腎肝機能・炎症マーカーを測定します。
評価で何をみるか
脳梗塞の評価では多面的な指標を統合し、治療方針とリハビリテーション目標を決定します。
- NIHSS(0~42点) - 0~4点=軽症、5~15点=中等症、16~20点=中等~重症、≥21点=重症。血栓溶解療法・血管内治療適応判定に必須
- modified Rankin Scale(mRS、0~6) - 0=無症状、1=軽度障害、2=軽度ADL自立、3=中等度ADL要介助、4=高度ADL要介助、5=寝たきり、6=死亡。予後評価のゴールドスタンダード
- Barthel Index(0~100点) - ≥85点=自立、60~84点=軽度依存、40~59点=中等度依存、≤39点=高度依存。ADL自立度の定量評価
- FIM(18~126点) - 運動項目91点+認知項目35点。回復期リハで最も使用される包括的ADL評価
- Brunnstrom Recovery Stage(BRS、I~VI) - 運動麻痺の回復段階を上肢・手指・下肢別に評価。StageIII以下は重度、IV~Vは中等度、VIは軽度
- MAS(Modified Ashworth Scale、0~4) - 痙縮の程度を評価。2以上で日常生活動作に支障、3以上でボトックス療法適応
- MMSE(0~30点)またはMoCA(0~30点) - 認知機能評価。MMSE≤23点、MoCA≤25点で認知障害疑い
- GDS(Geriatric Depression Scale、0~15点短縮版) - 5点以上で抑うつ疑い。脳卒中後うつは約30~40%に出現
これらの評価は急性期(24~48時間ごと)、回復期(週1回)、維持期(月1回)の頻度で反復し、治療効果判定と目標修正に活用します。また、嚥下評価(MWST・RSST・VF・VE)、栄養評価(GNRI・MNA‑SF・Alb≥3.5 g/dL)、合併症スクリーニング(D‑dimer・CRP・胸部X線)を並行して実施します。
臨床でよく出る問題
脳梗塞患者では急性期から生活期まで多様な問題が連鎖的に出現し、包括的対応が求められます。
- 運動麻痺・ADL低下 - Barthel Index<60点で日常生活に介助が必要となり、自宅退院率が50%以下に低下。上肢機能はBRS IV未満で実用性が乏しく、QOL低下の主因
- 嚥下障害・誤嚥性肺炎 - 脳梗塞患者の約40~50%に嚥下障害が出現。誤嚥性肺炎は急性期死亡原因の約30%を占め、発症後2週間がハイリスク期
- 高次脳機能障害 - 失語症(約30%)、注意障害、記憶障害、遂行機能障害、半側空間無視(約20~30%)がリハビリ進行と社会復帰を妨げる
- 痙縮 - 発症後1~3か月で約20~40%に出現。MAS≥2で関節拘縮・疼痛・ADL低下を引き起こし、早期介入が必要
- 脳卒中後うつ - 約30~40%に出現し、リハビリ意欲低下・機能回復遅延・再発リスク増大・家族負担増の悪循環を形成
- 再発リスク - 5年再発率30~40%。二次予防不徹底(服薬中断・血圧管理不良・喫煙継続)が主因
- 深部静脈血栓症・肺塞栓症 - 急性期の安静臥床で発症リスク増大。D‑dimer上昇・下肢腫脹・呼吸困難は緊急対応必須
- 転倒・骨折 - 麻痺側下肢筋力低下・感覚障害・バランス障害・半側空間無視により転倒リスクが5~10倍増加
これらの問題は単独ではなく複合的に生じるため、多職種チーム(医師・看護師・PT・OT・ST・MSW・薬剤師・栄養士)による包括的アセスメントと協働介入が回復の鍵となります。
起こりやすい要因
脳梗塞の発症リスクは修正可能・不可能な因子が複合的に関与し、多因子管理が二次予防の中核です。
- 高血圧 - 最大のリスク因子。収縮期血圧10 mmHg上昇ごとに脳卒中リスクが約30%増加。140/90 mmHg以上で発症リスク2~4倍
- 心房細動 - 脳塞栓症リスクを5倍に高める。CHADS₂スコア≥2点で抗凝固療法必須。見逃しを防ぐため心電図スクリーニングが重要
- 糖尿病 - HbA1c≥8.0%で脳卒中リスク2~4倍。血糖変動・低血糖も血管内皮障害を促進
- 脂質異常症 - LDL≥140 mg/dLでアテローム血栓性脳梗塞リスク増大。HDL<40 mg/dLも独立危険因子
- 喫煙 - 現喫煙者のリスクは1.5~2倍。受動喫煙も約30%リスク上昇。禁煙2~4年で非喫煙者レベルまで低下
- 過度飲酒 - 純アルコール≥60 g/日で出血性・虚血性ともにリスク増。適量(20~30 g/日未満)は保護的との報告も
- 肥満・メタボリックシンドローム - BMI≥25、腹囲≥85/90 cmで脳卒中リスク1.5~2倍。内臓脂肪蓄積が炎症・動脈硬化を促進
- 加齢・性別・家族歴 - 60歳以降10年ごとに発症率倍増、男性>女性、一親等に脳卒中既往者がいると1.3~1.5倍
修正可能因子への介入(降圧・血糖管理・禁煙・減量・運動)により、脳卒中発症リスクを50~60%低減できるエビデンスがあります。
注意したい症状
脳梗塞では超急性期の治療適応判断と、合併症・再発の早期発見が生命予後・機能予後を左右します。
- 突然の片麻痺・顔面麻痺・構音障害・失語 - 発症4.5時間以内ならt‑PA血栓溶解療法、24時間以内なら血管内治療の適応あり。1分1秒が脳組織の運命を決める
- 激しい頭痛・嘔吐・意識障害 - 脳浮腫・脳ヘルニア・出血性梗塞の徴候。頭蓋内圧亢進管理(頭位挙上・浸透圧利尿薬・外科的減圧)が必要
- 呼吸困難・胸痛・下肢腫脹 - 深部静脈血栓症・肺塞栓症を疑う。D‑dimer上昇・下肢周径差≥2 cm・Wells scoreで評価し、抗凝固療法開始
- 発熱≥38°C・湿性咳嗽・SpO₂低下 - 誤嚥性肺炎。発症後2週間がハイリスク。胸部X線・CRP・WBC上昇で診断し、抗菌薬・絶食・経管栄養
- 急激な血圧上昇≥180/110 mmHg - 出血性梗塞・脳浮腫悪化リスク。ただし急性期の過度降圧はペナンブラ血流を損なうため慎重に調整
- 血糖≥180 mg/dLまたは<80 mg/dL - 高血糖は梗塞拡大・予後悪化、低血糖は神経障害を誘発。目標140~180 mg/dLで管理
- 突然の再発症状 - 脳梗塞後5年再発率30~40%。片麻痺・言語障害・視野障害の再出現は直ちに救急搬送
- 抑うつ気分・意欲低下・食欲不振>2週間 - 脳卒中後うつ。GDS≥5点でスクリーニングし、抗うつ薬・心理療法・リハ強化
これらの症状は時間依存性の緊急対応を要するか、機能回復を大きく阻害するため、患者・家族への教育と医療チーム内の情報共有が不可欠です。
対応の基本
脳梗塞の管理は超急性期治療・急性期全身管理・早期リハビリテーション・包括的二次予防の4本柱で構成されます。
- 超急性期再開通療法 - 発症4.5時間以内にt‑PA静注血栓溶解療法(アルテプラーゼ0.6 mg/kg)、6~24時間以内に血管内治療(血栓回収)を実施。mRS 0~2(自立)達成率が40~50%向上
- 急性期全身管理 - 血圧管理(出血リスクと脳血流のバランス、目標<180/105 mmHg)、血糖管理(140~180 mg/dL)、体温管理(≥37.5°Cで予後悪化)、水分電解質補正、感染予防
- 早期リハビリテーション - 発症24~48時間以内に開始。急性期は廃用予防とADL維持(座位・立位・歩行)、回復期は週9時間以上の集中訓練(PT・OT・ST各3時間)で機能回復を最大化
- 嚥下評価と栄養管理 - MWST・RSST→必要に応じVF/VEで誤嚥リスク評価。経口摂取困難例は経鼻胃管・胃瘻で栄養確保(目標25~30 kcal/kg/日、蛋白1.2~1.5 g/kg/日)
- 痙縮管理 - MAS≥2でストレッチ・装具・ボツリヌス毒素療法(50~200単位/筋)、経口抗痙縮薬(バクロフェン・チザニジン)を併用
- 合併症予防 - DVT予防に弾性ストッキング・間欠的空気圧迫・早期離床、褥瘡予防に体位変換2時間ごと・エアマットレス、感染予防に口腔ケア・手指衛生
- 二次予防薬物療法 - 抗血小板薬(アスピリン・クロピドグレル)または抗凝固薬(DOAC:ダビガトラン・リバーロキサバン等)、降圧薬(目標<130/80 mmHg)、スタチン(目標LDL<70 mg/dL、高リスク<55 mg/dL)、血糖管理(HbA1c<7.0%)
- 生活習慣改善 - 禁煙必須、減塩<6 g/日、野菜・果物増、週150分以上の有酸素運動、BMI 18.5~24.9維持、節酒<20~30 g/日
- 患者・家族教育 - 脳卒中FASTサイン再認識、服薬アドヒアランス向上、血圧・血糖自己測定、再発時の緊急対応、社会資源活用(訪問リハ・デイケア・障害者手帳)
これらを多職種チームで実施することで、3か月後mRS 0~2(自立)達成率を20~30%向上させ、5年再発率を50%以上減少させることが可能です。
ひとことで言うと
脳梗塞は脳血管閉塞による神経細胞壊死で、発症4.5時間以内の血栓溶解療法と24時間以内の血管内治療が予後を劇的に改善します。急性期の全身管理・早期リハビリテーション開始(24~48時間以内)、そして血圧<130/80 mmHg・LDL<70 mg/dL・HbA1c<7.0%の厳格管理と抗血栓薬継続により、5年再発率を50%以上低減できます。
関連用語
- 脳卒中
- 脳出血
- くも膜下出血
- 一過性脳虚血発作
- 血栓溶解療法
- 血管内治療
- 心原性脳塞栓症
- アテローム血栓性脳梗塞
- ラクナ梗塞
- ペナンブラ
- 高血圧
- 心房細動
- 抗凝固療法
- 抗血小板療法
- 脳卒中後うつ
参考文献・出典
- 日本脳卒中学会 脳卒中治療ガイドライン2021
- 日本循環器学会 心房細動治療ガイドライン
- 日本リハビリテーション医学会 脳卒中リハビリテーションガイドライン
- 日本脳卒中協会 脳卒中予防への提言
- 医学書院 標準リハビリテーション医学
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