摂食嚥下障害

摂食嚥下障害とは

摂食嚥下障害(Dysphagia; Swallowing disorder) は、食物を認識してから口に取り込み、咀嚼して咽頭・食道を経て胃に送り込むまでの一連のプロセスに生じる障害です。摂食嚥下は先行期(認知期)・準備期・口腔期・咽頭期・食道期の5期に分類され、いずれかの相に問題が生じると誤嚥(気管への食物・唾液侵入)、窒息、低栄養、脱水、誤嚥性肺炎を引き起こします。脳卒中患者の約50~60%、パーキンソン病患者の約80~90%、認知症患者の約50~70%、高齢入院患者の約30~50%に認められます。誤嚥性肺炎は日本の死因第6位(約4万人/年)で、その多くが嚥下障害に起因します。適切な評価と治療介入により、誤嚥性肺炎発症率を30~50%、窒息事故を40~60%減少させることが可能です。

どこでみるのか

リハビリテーション科、脳神経外科・神経内科、耳鼻咽喉科、歯科口腔外科、呼吸器内科、回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟、療養型病院、介護老人保健施設、訪問診療・訪問看護の現場で頻繁に遭遇します。患者は「飲み込みにくい」「むせる」「食べるのに時間がかかる」と訴え、家族からは「食事中によくむせる」「食事量が減った」「食後に痰が増える」「声がガラガラになる」との指摘があります。脳卒中発症直後、パーキンソン病進行期、認知症進行期、頭頸部がん術後などで特に注意が必要です。

何をみているのか

摂食嚥下障害では、各期における機能異常を評価しています。先行期では食物認知・食欲の有無、準備期では咀嚼能力・食塊形成能、口腔期では舌運動による食塊送り込み、咽頭期では嚥下反射惹起・喉頭挙上・喉頭蓋閉鎖・咽頭収縮、食道期では食道蠕動・下部食道括約筋弛緩を観察します。特に咽頭期の障害(嚥下反射遅延・喉頭閉鎖不全)が誤嚥の主因となります。また、嚥下前誤嚥(嚥下反射前に咽頭に落ち込む)、嚥下中誤嚥(嚥下時の喉頭閉鎖不全)、嚥下後誤嚥(咽頭残留物の誤嚥)の3パターンを鑑別し、原因疾患(中枢神経・末梢神経・筋肉・構造異常)を特定します。

臨床でどうみるか

評価はスクリーニング検査→臨床的評価→器械的評価の段階的アプローチで実施します。

スクリーニング検査:

  • 反復唾液嚥下テスト(RSST) - 30秒間の嚥下回数、3回以上正常、2回以下で嚥下障害疑い
  • 改訂水飲みテスト(MWST) - 冷水3 mLを嚥下させ5段階評価、1~2でむせ・呼吸変化あり異常、3で嚥下あるがむせあり、4~5正常
  • フードテスト(FT) - ティースプーン1杯のプリンやゼリーで評価、MWSTより実際の食事に近い

臨床的評価:

  • 問診:むせ・咳嗽の頻度、食事時間延長(30分以上)、体重減少、発熱の既往
  • 口腔内診察:歯牙状態、義歯適合、口腔乾燥、舌運動(前後・左右・挙上)、軟口蓋挙上
  • 発声評価:湿性嗄声(wet voice)、声の変化、構音障害
  • 頸部聴診:嚥下前後の呼吸音・嚥下音
  • 呼吸状態:SpO₂、呼吸数、咳嗽力(peak cough flow<160 L/min)

器械的評価:

  • 嚥下内視鏡検査(VE) - 経鼻内視鏡で咽頭・喉頭を直接観察。唾液貯留、食物残留、誤嚥の有無を確認。感度・特異度約90%
  • 嚥下造影検査(VF) - X線透視下で造影剤入り食物の嚥下動態を観察。ゴールドスタンダード。誤嚥のタイミング・量・原因を精密評価

重症度評価:

  • FILS(Food Intake LEVEL Scale) - 1~10段階、1~3経口摂取なし、4~6経口摂取+代替栄養、7~10経口摂取のみ
  • DSS(Dysphagia Severity Scale) - 1~7段階、1重度~7正常
  • PAS(Penetration-Aspiration Scale) - 1~8段階、1誤嚥なし~8声門下誤嚥+喀出不能

評価で何をみるか

摂食嚥下障害の評価には以下の指標を用います。

  • RSST - 正常≥3回/30秒、≤2回で嚥下障害疑い(感度約80%、特異度約70%)
  • MWST - 5正常(嚥下2回以上、むせなし)、4嚥下あり・むせなし、3嚥下あり・むせあり(嚥下障害あり)、2嚥下なし・むせあり、1嚥下なし・むせあり
  • 食事時間 - 正常15~30分、>30分で嚥下機能低下、>60分で重度障害
  • 体重減少 - 1か月>5%、3か月>7.5%で低栄養リスク
  • 喉頭挙上距離 - 正常≥3 cm、<2 cmで咽頭期障害
  • 咳嗽力(PCF) - 正常≥240 L/min、<160 L/minで誤嚥物喀出困難、誤嚥性肺炎リスク3~5倍
  • VE所見 - 唾液貯留(梨状窩・喉頭蓋谷)、咽頭残留、誤嚥の有無・程度
  • FILS - 10経口摂取のみで制限なし、7~9経口摂取のみで何らかの制限、4~6経口摂取+代替栄養、1~3経口摂取なし
  • 血清アルブミン - ❤️.5 g/dLで低栄養、❤️.0 g/dLで誤嚥性肺炎リスク増大
  • SpO₂低下 - 食後SpO₂≥3%低下で誤嚥疑い

これらの指標により嚥下障害の有無・重症度・誤嚥リスクを判断し、食形態・栄養ルートを決定します。

臨床でよく出る問題

摂食嚥下障害に伴う臨床上の問題は生命に直結します。

  • 誤嚥性肺炎 - 嚥下障害患者の約30~50%が発症。死亡率10~30%、再発率30~50%
  • 窒息 - 嚥下障害者の窒息リスク5~10倍。年間約4000人が窒息死
  • 低栄養 - 経口摂取不足により約50~70%が低栄養。体重減少、筋力低下、褥瘡リスク増大
  • 脱水 - 水分摂取困難により約30~40%が脱水。意識レベル低下、腎機能障害
  • 食事時間延長 - 1時間以上かかり患者・介護者の負担増大。QOL低下
  • 食事拒否 - むせ・窒息恐怖により約20~30%が拒否。経口摂取断念、胃瘻導入
  • 社会的孤立 - 会食困難により社会参加制限。孤独感、抑うつ(約30~40%)
  • 介護負担増大 - 食事介助に30分~1時間以上。Zarit介護負担尺度≥24点(中等度)が約50~60%

これらの問題は相互に関連し、生命予後とQOLを著しく低下させます。

起こりやすい要因

摂食嚥下障害を引き起こす要因は多様です。

  • 脳血管障害 - 脳卒中患者の約50~60%。延髄外側症候群(Wallenberg症候群)では100%に嚥下障害
  • 神経変性疾患 - パーキンソン病約80~90%、筋萎縮性側索硬化症(ALS)ほぼ100%、多系統萎縮症約70~80%
  • 認知症 - アルツイハイマー型約50~70%、レビー小体型約70~80%。先行期・口腔期障害が主体
  • 加齢性変化 - 喉頭位置下降、嚥下反射遅延、咳嗽反射低下。サルコペニア性嚥下障害
  • 頭頸部腫瘍 - 舌がん・咽頭がん術後、放射線治療後の構造異常・線維化
  • 神経筋疾患 - 重症筋無力症、多発筋炎・皮膚筋炎、筋ジストロフィー
  • 薬剤性 - 抗精神病薬・ベンゾジアゼピン系(嚥下反射抑制)、抗コリン薬(唾液分泌低下・口腔乾燥)
  • 廃用 - 長期経管栄養・絶食による嚥下筋萎縮。1週間で嚥下機能10~15%低下

原因疾患の特定は治療方針決定に不可欠であり、神経学的診察・画像検査(頭部MRI・頸部CT)・血液検査を組み合わせて鑑別します。

注意したい症状

以下の症状は重篤な合併症や緊急対応を要する状態を示唆します。

  • 窒息 - 突然の呼吸停止、チアノーゼ、意識消失。5分以内の異物除去(背部叩打・腹部突き上げ・吸引)必須
  • 誤嚥性肺炎の徴候 - 発熱≥38°C、SpO₂<90%、呼吸数≥24回/分、咳嗽・痰増加、胸部X線で浸潤影。48時間以内の抗菌薬開始
  • silent aspiration(不顕性誤嚥) - むせないが誤嚥あり。脳卒中・認知症で約30~50%。VE/VFで診断
  • 食事中の著明なSpO₂低下 - ≥5%低下で誤嚥疑い。直ちに食事中止、吸引、VE/VF評価
  • 急速な体重減少 - 1か月>5%。経口摂取不足、代替栄養(経管栄養)検討
  • 脱水徴候 - 口腔乾燥、皮膚ツルゴール低下、尿量減少、BUN/Cr比≥20。補液必要
  • 進行性の嚥下障害 - 数週~数か月で悪化。ALS・進行性核上性麻痺など神経変性疾患疑い

これらの警告症状を見逃さず、迅速な診断と治療介入が生命予後を左右します。

対応の基本

摂食嚥下障害の治療は機能訓練と代償的対応の統合です。

  • 嚥下訓練(間接訓練) - 嚥下体操、頸部ROM、舌・口唇訓練、呼吸訓練、咳嗽訓練。1日2~3回×10~15分
  • 摂食訓練(直接訓練) - 実際の食事で嚥下訓練。段階的難易度上昇
  • 食形態調整 - 学会分類2021:コード0j(嚥下訓練食品0j)~コード4(かたさ・ばらけやすさ・貼りつきやすさの総合評価)。誤嚥リスクに応じて選択
  • とろみ調整 - 薄いとろみ(150~300 mPa・s)、中間のとろみ(300~500 mPa・s)、濃いとろみ(500 mPa・s以上)
  • 姿勢調整 - 頸部前屈位(chin down)、頭部回旋(患側回旋)、側臥位30°、リクライニング30~60°
  • 嚥下手技 - 複数回嚥下、交互嚥下、一口量調整
  • 口腔ケア - 1日2回以上の歯磨き・義歯清掃で誤嚥性肺炎発症率40~50%減少
  • 薬物療法 - ACE阻害薬(嚥下反射・咳嗽反射改善)、アマンタジン・シロスタゾール(嚥下反射改善)、ドパミン製剤(パーキンソン病)
  • 外科的治療 - 嚥下機能改善手術(輪状咽頭筋切断術・喉頭挙上術)、誤嚥防止術(声門閉鎖術・喉頭気管分離術)、代替栄養確保(胃瘻・腸瘻造設)
  • 多職種協働 - 医師・歯科医師・看護師・言語聴覚士・管理栄養士・歯科衛生士による嚥下チームアプローチ

治療効果は4~8週ごとに評価し、FILS 1段階以上の改善、誤嚥性肺炎ゼロ、体重維持・増加を目標とします。

ひとことで言うと

摂食嚥下障害は食物を認識してから胃に送り込むまでのプロセスの障害であり、誤嚥性肺炎・窒息・低栄養の原因となるため、スクリーニング検査(RSST・MWST)と器械的評価(VE/VF)による早期発見、食形態調整・姿勢調整・嚥下訓練・口腔ケアを組み合わせた多職種協働による包括的介入が生命予後改善の鍵となります。

関連用語

  • 誤嚥
  • 誤嚥性肺炎
  • 嚥下内視鏡検査
  • 嚥下造影検査
  • 嚥下調整食
  • とろみ調整
  • 反復唾液嚥下テスト

参考文献・出典

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