肺塞栓症

肺塞栓症とは

肺塞栓症(pulmonary embolism、PE) は、主に下肢や骨盤内の深部静脈で形成された血栓が血流に乗って肺動脈に到達し、肺血管を閉塞する疾患です。閉塞の程度により無症状から心肺停止まで幅広い病態を呈します。肺血管床の減少により右心負荷が増大し、大量塞栓では急性右心不全をきたして致死的となります。深部静脈血栓症(DVT)と合わせて静脈血栓塞栓症(VTE)と総称され、手術後、長期臥床、悪性腫瘍患者に好発します。突然の呼吸困難、胸痛、失神で発症することが多く、迅速な診断と治療開始が予後を左右します。

どこでみるのか

肺塞栓症は救急外来、集中治療室(ICU)、循環器内科・呼吸器内科病棟で初期対応されます。術後病棟、整形外科病棟(大腿骨骨折後)、産科病棟(産褥期)でも発症します。回復期リハビリテーション病棟では長期臥床患者の離床時に注意が必要です。患者は「突然息が苦しくなった」「胸が痛い」「深呼吸すると痛みが増す」「立ち上がった時に意識が遠のいた」「片方の足が腫れている」といった訴えをします。大量塞栓では「呼吸ができない」「冷や汗が出る」「意識を失った」という重篤な状態で救急搬送されます。

何をみているのか

肺塞栓症の評価では、血行動態の安定性、低酸素血症の程度、右心負荷の有無、血栓の部位・範囲、出血リスクを総合的に把握します。臨床的には重症度分類(massive、submassive、non-massive)により治療戦略を決定します。造影CTによる肺動脈内血栓の確認が診断のゴールドスタンダードです。心エコー検査で右室拡大・右室壁運動低下を評価し、Dダイマー高値とWellsスコアで診断確率を層別化します。下肢静脈エコーでDVTの検索も重要です。血行動態が不安定な症例では緊急血栓溶解療法の適応を判断します。

臨床でどうみるか

診察では、まず呼吸困難、胸痛(胸膜性、深吸気で増強)、失神・めまいの有無を確認します。リスク因子(手術後、長期臥床、悪性腫瘍、妊娠・産褥期、経口避妊薬使用、長距離フライト)を聴取します。バイタルサインでは頻呼吸(呼吸数≧20回/分)、頻脈(心拍数≧100回/分)、低血圧(収縮期<90mmHgは大量塞栓)、SpO2低下(<95%)を確認します。下肢の腫脹、圧痛、発赤、表在静脈の怒張などDVTの身体所見を観察します。聴診では肺野のラ音、心音でII音肺動脈成分の亢進(P2亢進)を聴取します。Wellsスコア(7項目で点数化、4点以上で高確率)で臨床的確率を評価します。血液検査でDダイマー(≧500ng/mL FEUで陽性、陰性的中率高い)、トロポニン・BNP(右室負荷マーカー)を測定します。心電図ではS1Q3T3パターン(I誘導深いS波、III誘導Q波・陰性T波)、右軸偏位、右脚ブロックを認めることがあります。造影CTで肺動脈内の充満欠損像を確認し、中枢型(主肺動脈・葉動脈)か末梢型かを判定します。

評価で何をみるか

肺塞栓症の評価では重症度判定と治療効果判定のための指標を用います。

  • 血行動態 - 収縮期血圧<90mmHg、または15分以上持続する血圧低下40mmHg以上でmassive PE(大量塞栓)
  • 右室機能 - 心エコーまたはCTで右室拡大(右室径/左室径>0.9)、右室壁運動低下で予後不良
  • バイオマーカー - トロポニンI陽性、BNP>90 pg/mL、NT-proBNP>500 pg/mLは右室障害の指標
  • Dダイマー値 - 感度高い(>95%)が特異度低い。<500ng/mL(FEU)で除外診断可能
  • 動脈血液ガス - PaO2<80mmHg、A-aDO2開大(>20mmHg)で肺血管床減少を示唆
  • 肺血栓の範囲 - 造影CTでQanadli score(34点満点)、≧18点で大量塞栓、血栓溶解療法考慮
  • Wellsスコア - 臨床的確率評価。4点以上で高確率、2点以下で低確率
  • 下肢DVTの有無 - 下肢静脈エコーで深部静脈血栓を確認、塞栓源として重要

これらの指標を統合してPESI(肺塞栓重症度指数)またはsPESI(簡易版)で30日死亡率を予測し、入院治療か外来治療かを判断します。右室機能障害とバイオマーカー陽性の組み合わせがsubmassive PEの定義です。

臨床でよく出る問題

肺塞栓症患者では診断・治療・予後管理の各段階で問題が生じます。

  • 診断の遅れ - 症状が非特異的(息切れ、胸痛)で見逃されやすく、突然死の原因となる
  • 大量塞栓による循環虚脱 - 急性右心不全で血圧低下、心停止に至り致死率30〜50%
  • 低酸素血症の遷延 - 肺血管床減少により換気血流不均衡が持続、酸素化改善に時間を要する
  • 抗凝固療法の出血合併症 - ヘパリン、ワルファリン、DOACによる重大出血リスク
  • 再発 - 適切な抗凝固療法にもかかわらず年間再発率2〜5%、死亡例の20%は再発
  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH) - 急性期後3〜5%に発症、器質化血栓により肺動脈圧上昇が持続
  • 長期臥床による廃用症候群 - 抗凝固療法中の安静により筋力低下、ADL低下が進行
  • 心理的問題 - 突然死の恐怖、再発不安、抗凝固薬の出血への不安で日常生活に制約

これらの問題は相互に関連します。診断の遅れは治療開始の遅延を招き、循環虚脱や死亡のリスクを高めます。抗凝固療法は再発予防に不可欠ですが、出血リスクとのバランスが重要です。

起こりやすい要因

肺塞栓症のリスク因子はVirchowの三徴(血流うっ滞、血管内皮障害、血液凝固亢進)に集約されます。

  • 手術・外傷 - 整形外科手術(股関節・膝関節置換術)、骨盤内手術、多発外傷で高リスク
  • 長期臥床・不動 - 脳卒中後片麻痺、脊髄損傷、ICU長期滞在、長距離フライト(>4時間)
  • 悪性腫瘍 - 膵癌、肺癌、卵巣癌、造血器腫瘍で凝固亢進状態、VTE発症率4〜7倍
  • 妊娠・産褥期 - エストロゲンにより凝固因子増加、産褥期は非妊娠時の5〜10倍リスク
  • 経口避妊薬・ホルモン療法 - エストロゲン含有薬でVTEリスク3〜4倍
  • 肥満 - BMI>30でリスク2〜3倍、下肢静脈還流障害
  • 高齢 - 60歳以上で発症率急増、血管内皮機能低下
  • 血栓性素因 - 第V因子Leiden変異、プロテインC/S欠乏症、抗リン脂質抗体症候群
  • 既往 - DVT・PE既往者は再発リスク高い、長期抗凝固療法が必要

これらの複数因子が重なると発症リスクは相乗的に増大します。術後患者では早期離床と予防的抗凝固療法が標準となっています。

注意したい症状

肺塞栓症では以下の症状出現時に緊急対応が必要です。

  • 突然の呼吸困難 - 安静時にも出現、進行性で改善しない場合は大量塞栓を疑う
  • 失神・意識消失 - 心拍出量低下による脳血流減少、massive PEの可能性
  • 胸痛 - 深吸気で増強する胸膜性胸痛、肺梗塞を伴う末梢塞栓で典型的
  • 血痰・喀血 - 肺梗塞による肺胞出血、発症後24〜48時間で出現
  • ショックバイタル - 収縮期血圧<90mmHg、心拍数>100回/分、SpO2<90%は緊急治療適応
  • 頻呼吸 - 呼吸数≧30回/分、チアノーゼ出現は重症
  • 下肢の腫脹・疼痛 - 片側性で著明、DVT合併を示唆、歩行や足関節背屈で増強
  • 心停止 - 大量塞栓で突然の心肺停止、心肺蘇生と緊急血栓溶解療法が必要

massive PEでは症状出現から心停止までの時間が短く、迅速な診断と治療が生命を救います。Wells高スコア+ショックバイタルの組合せでは造影CT前に血栓溶解療法開始を考慮します。

対応の基本

肺塞栓症への対応は重症度に応じた階層的治療戦略をとります。

  • 酸素投与 - SpO2≧90%目標、高流量酸素やNPPVで呼吸補助
  • 抗凝固療法 - 未分画ヘパリン持続静注またはDOAC(リバーロキサバン、アピキサバン)即時開始
  • 血栓溶解療法 - Massive PEで適応、tPA(組織プラスミノゲン活性化因子)100mg/2時間静注
  • 循環サポート - 低血圧に対し輸液負荷(500mL程度)、昇圧薬(ノルアドレナリン、ドブタミン)
  • 外科的血栓摘除術 - 血栓溶解療法禁忌または無効例、体外循環下に肺動脈切開
  • 下大静脈フィルター - 再発を反復する場合、抗凝固療法禁忌例に一時的留置
  • 早期離床 - 血行動態安定後48〜72時間で段階的離床開始、DVT進行予防
  • 長期抗凝固療法 - 初回発症は3〜6ヶ月、再発例・癌関連・血栓性素因ありは長期継続
  • CTEPH監視 - 3〜6ヶ月後に心エコーで肺動脈圧評価、労作時息切れ持続で精査
  • 患者教育 - 再発症状の認識、抗凝固薬の出血リスク管理、予防的行動(弾性ストッキング着用)

Non-massive PEは外来治療も可能ですが、sPESI≧1または右室機能障害あれば入院管理が推奨されます。抗凝固療法の至適期間は個別化が重要です。

ひとことで言うと

肺塞栓症は深部静脈血栓が肺動脈を閉塞し、突然の呼吸困難や胸痛をきたす救急疾患で、迅速な診断と抗凝固療法開始が予後を決定します。

関連用語

  • 深部静脈血栓症
  • 静脈血栓塞栓症
  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症
  • Dダイマー
  • 抗凝固療法
  • 血栓溶解療法
  • Wellsスコア

参考文献・出典

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