脈拍とは
脈拍とは、心臓の拍動に伴って動脈壁に生じる周期的な拍動のことであり、体表から触知可能な部位で測定される生命徴候の一つです。心室の収縮により血液が大動脈へ送り出されると、その圧波が動脈系を伝播し、末梢動脈で拍動として触知されます。脈拍数(回/分)、リズム(整・不整)、強弱、緊張度、左右差などの性状から、心機能、循環動態、自律神経機能、水分量、病態の変化を評価できます。安静時の正常成人の脈拍数は60~100回/分とされ、年齢、性別、体格、トレーニング状態、環境、精神状態により変動します。リハビリテーション医学においては運動負荷の安全管理、運動強度の設定、心肺機能評価、自律神経機能評価の基本的指標として極めて重要です。
どこでみるのか
脈拍は体表から触知可能な動脈部位で測定します。最も一般的な測定部位は橈骨動脈(手関節の母指側)であり、示指・中指・薬指の3指で軽く圧迫して触知します。その他の測定部位として、上腕動脈(肘窩の内側)、総頸動脈(頸部の気管外側、ただし両側同時圧迫は禁忌)、大腿動脈(鼠径部)、膝窩動脈(膝窩部)、足背動脈(足背部)、後脛骨動脈(内果後方)があり、末梢循環障害の評価では下肢動脈の触知が重要となります。心尖拍動は胸壁から心臓の拍動を直接触知する方法です。臨床現場では病室のベッドサイド、外来診察室、リハビリテーション室、運動負荷試験室などで測定されます。連続モニタリングが必要な場合はパルスオキシメータや心電図モニターを使用し、より詳細な評価では動脈ラインによる観血的動脈圧測定を行います。
何をみているのか
脈拍の評価では心臓の拍動が動脈系を通じて末梢に伝わる過程を観察しています。心室収縮期に駆出された血液により動脈内圧が急激に上昇し、この圧波が動脈壁を伝播します。脈拍数は心拍数を反映し、心臓の収縮頻度を示します。脈拍のリズムは洞結節からの規則的な電気刺激と伝導系の正常性を反映し、不整脈があれば不規則なリズムとして触知されます。脈の強さ(振幅)は一回拍出量と末梢血管抵抗を反映し、心機能や循環血液量の状態を示します。脈圧(収縮期血圧と拡張期血圧の差)が大きいと脈は強く触知され、小さいと弱く触知されます。脈の緊張度は血管壁の弾力性と血管内圧を反映します。動脈硬化では血管壁が硬化し硬い脈として触知されます。左右差や上下肢の脈拍差は血管の狭窄や閉塞を示唆します。
臨床でどうみるか
臨床での脈拍測定は標準化された手順で実施します。患者には測定前510分間の安静を保たせ、座位または仰臥位の楽な姿勢をとらせます。測定者は示指・中指・薬指の指腹を橈骨動脈に軽く当て、拍動を明瞭に触知できる圧で15秒間または30秒間測定し、1分間あたりの回数に換算します。不整脈が疑われる場合は60秒間の完全測定を行います。測定時には脈拍数だけでなく、リズムの規則性(整脈・不整脈)、脈の強弱(強大・微弱)、緊張度(硬い・柔らかい)、左右差の有無を同時に評価します。バイタルサインの一環として血圧、呼吸数、体温、SpO2と合わせて記録します。運動療法実施時には運動前、運動中、運動直後、回復期の脈拍を経時的に測定し、運動負荷に対する循環応答と回復を評価します。目標心拍数(最大心拍数の5080%、またはKarvonen法による計算値)の範囲内で運動を実施し、過負荷や異常反応の早期発見に努めます。心拍数が目標範囲を超えた場合、不整脈が出現した場合、胸痛や強い息切れを伴う場合は直ちに運動を中止し医師に報告します。
評価で何をみるか
脈拍評価では以下の項目を包括的に観察します。脈拍数として、安静時脈拍数(成人正常値60100回/分、高齢者ではやや高め)、徐脈(60回/分未満)、頻脈(100回/分以上)を判定します。年齢別の正常範囲(新生児120160、乳児110130、幼児90110、学童80~100)を考慮します。リズムとして、規則的(整脈)か不規則(不整脈)かを評価し、不規則な場合は脈拍欠損(心拍数と脈拍数の差)の有無を確認します。心房細動では完全に不規則な脈となります。期外収縮では時折脈が飛ぶ感覚として触知されます。脈の強さ(振幅)として、正常、強大(大動脈弁閉鎖不全、甲状腺機能亢進症など)、微弱(心不全、ショック、大動脈弁狭窄症など)、交互脈(強弱が交互に出現、重症心不全)を評価します。緊張度として、正常な弾力性、硬化(動脈硬化)、緊張亢進(高血圧)、緊張低下(ショック)を判定します。左右差の有無を確認し、上肢と下肢の脈拍を比較し、末梢循環障害や血管病変を評価します。運動時の評価として、運動時の心拍数増加の適切性、最大心拍数(220-年齢)に対する割合、運動後の回復時間(2分以内に安静時の20回/分以内に戻ることが望ましい)を測定します。Borg指数と心拍数の相関も評価します。
臨床でよく出る問題
脈拍測定において臨床で頻繁に遭遇する問題として、運動療法中の過度な頻脈や徐脈があります。目標心拍数を大幅に超える頻脈は心血管系への過負荷を示し、胸痛、呼吸困難、めまいなどの症状を伴う場合があります。逆に運動中の徐脈や心拍数の適切な増加が見られない場合は、洞不全症候群や心機能低下、β遮断薬などの薬剤の影響を考慮します。不整脈の出現、特に心房細動の新規発症や心室性期外収縮の頻発は重大な合併症のリスクを示唆します。脈拍欠損(心拍数と橈骨動脈での脈拍数に差がある状態)は心房細動や頻発する期外収縮で認められ、有効な心拍出が得られていないことを示します。起立性低血圧では臥位から立位への体位変換時に脈拍数が過度に増加(30回/分以上の増加)し、めまいや失神を引き起こします。末梢循環障害では下肢動脈の脈拍が減弱または消失し、間欠性跛行や重症虚血肢のリスクとなります。高齢者や自律神経障害を有する患者では運動後の心拍数回復が遅延し、過度な疲労や心血管イベントのリスクが高まります。
起こりやすい要因
脈拍異常を引き起こす要因には生理的要因と病的要因があります。生理的要因として、運動や身体活動により交感神経が優位となり脈拍数は増加します。精神的ストレス、不安、緊張、興奮も脈拍を増加させます。食事、特にカフェイン含有飲料やアルコール摂取は脈拍に影響します。環境温度の上昇(高温環境、入浴)は末梢血管拡張と代償性の心拍数増加をもたらします。睡眠中や安静時には副交感神経優位となり脈拍は減少します。トレーニングを積んだアスリートでは安静時心拍数が50回/分以下の徐脈を示すことがあります(スポーツ心臓)。病的要因として、心疾患(心不全、心筋梗塞、心筋症、弁膜症)、不整脈(心房細動、心室頻拍、洞不全症候群、房室ブロック)、甲状腺機能異常(亢進症で頻脈、低下症で徐脈)、貧血、発熱、感染症、脱水、ショック状態、自律神経障害(糖尿病性神経障害、パーキンソン病)があります。薬剤の影響として、β遮断薬、カルシウム拮抗薬、ジギタリスは徐脈を、気管支拡張薬、甲状腺ホルモン製剤、抗コリン薬は頻脈を引き起こします。
注意したい症状
脈拍測定時に特に注意すべき症状として、安静時の持続的な頻脈(100回/分以上)は甲状腺機能亢進症、貧血、心不全、発熱、脱水などを疑います。安静時の著明な徐脈(50回/分未満)でめまいや失神を伴う場合は洞不全症候群や高度房室ブロックの可能性があり、ペースメーカー適応を検討します。突然の動悸、脈の乱れ、胸部不快感は不整脈の出現を示唆します。脈拍が完全に不規則で強弱がまちまちな場合は心房細動を疑います。運動中の異常な頻脈(年齢予測最大心拍数を超える)、胸痛、冷汗、顔面蒼白を伴う場合は心血管イベントの可能性があり直ちに運動を中止します。運動後の心拍数が2分経過しても20回/分以上低下しない場合は回復遅延であり、心肺機能低下や過負荷を示します。橈骨動脈で脈拍が微弱または触知困難な場合はショックや末梢循環不全を疑います。下肢の動脈拍動が触知できない、または左右差がある場合は閉塞性動脈硬化症や血栓症を考慮します。脈拍と心音が一致しない(脈拍欠損)場合は心房細動や頻発する期外収縮を疑います。
対応の基本
脈拍異常への対応は原因の同定と適切な治療介入が基本となります。頻脈に対しては原因疾患(甲状腺機能亢進症、貧血、心不全、感染症)の治療を行います。心房細動や頻脈性不整脈に対しては抗不整脈薬、レートコントロール薬(β遮断薬、カルシウム拮抗薬)、抗凝固療法を導入します。症候性徐脈(めまい、失神を伴う)や高度房室ブロック、洞不全症候群に対してはペースメーカー植込みを検討します。運動療法実施時には目標心拍数(Karvonen法: 目標心拍数=安静時心拍数+運動強度×(最大心拍数-安静時心拍数))を設定し、その範囲内で運動を実施します。心疾患患者、高齢者では修正Borg scale 35(やや楽ややきつい)を目安とし、心拍数が目標範囲を超えないよう監視します。β遮断薬服用者では心拍数による運動強度設定が困難なため、自覚的運動強度(Borg scale)を優先します。運動中に異常な頻脈、不整脈、胸痛が出現した場合は直ちに運動を中止し、安静を保ち、医師に報告します。脱水予防のため適切な水分摂取を指導し、高温環境での運動を避けます。自律神経機能を改善するため、規則的な有酸素運動、十分な睡眠、ストレス管理を推奨します。患者教育により自己脈拍測定法を指導し、異常時の対処法を習得させます。
リハビリの視点
リハビリテーションにおいて脈拍は運動処方の安全性確保と効果判定の要となります。運動療法開始前には安静時脈拍を測定し、ベースラインを確認します。安静時頻脈(100回/分以上)、著明な徐脈(50回/分未満)、不整脈がある場合は運動開始の可否を医師に確認します。運動中は定期的に脈拍を測定し、目標心拍数の範囲内で運動が実施されているか監視します。心臓リハビリテーションでは心拍数予備能の4060%(低リスク患者では6080%)を目標とします。呼吸リハビリテーションではBorg scale 3~5を目安とし、過度な頻脈を避けます。運動終了後は回復期の心拍数低下パターンを観察し、2分後に安静時より20回/分以内に戻ることを確認します。回復遅延は心肺機能低下や過負荷の指標となります。経時的な評価では同一運動負荷での心拍数の変化を記録し、トレーニング効果により同じ負荷での心拍数が低下することが効果の指標となります。安静時心拍数の低下もトレーニング効果を示します。起立性低血圧のリスクがある患者では体位変換時の心拍数変化を評価し、過度な頻脈(30回/分以上の増加)がある場合は段階的な体位変換を指導します。自律神経機能評価として心拍変動解析(HRV)を用いることもあります。患者には自己脈拍測定法(橈骨動脈での触診法)を指導し、運動時の自己管理能力を向上させます。目標心拍数の範囲、異常時の中止基準を明確に教育します。多職種連携により医師、看護師、理学療法士、作業療法士が脈拍データを共有し、包括的な管理を行います。
ひとことで言うと
脈拍は心臓の拍動を反映する基本的生命徴候であり、リハビリテーションにおける運動負荷の安全管理と運動強度設定の要となる指標である。
関連用語
心拍数
頻脈
徐脈
不整脈
心房細動
期外収縮
目標心拍数
Karvonen法
最大心拍数
心拍予備能
修正Borg scale
脈拍欠損
橈骨動脈
バイタルサイン
自律神経機能
参考文献
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